〜アドバンスド・ワールド・ペンティアム少女ドラマ〜
『アキバ大パニック!』その3
――諸刃の付け焼き刃の巻――

 前回までのあらすじ

 ひそかにお嬢さんに恋心をつのらせていた「私」は、親友の「K」が自分と同じ思いを抱いているのを知り愕然となった。「私」はなんとしてでも自分の恋を実らせようと、無防備な「K」に心理的な攻撃をしかけるのだった。
「向上心のない者は、馬鹿だ」
「僕は、馬鹿だ」
 「K」はそう言って嘘偽りのないお嬢さんへの愛を示した。「私」はますます「K」へのライバル意識を強めた。それが「K」に、そして「私」自身に悲劇をもたらす事にも気づかずに……


 その日も天気といえば上天気。梅雨の来る前の、一年で一番いい季節。
 僕はといえばラナちゃんの差し入れでおなかいっぱい。その上こうして校舎の脇の芝生に寝ころんで、腕を枕にぼんやりと雲なんか眺めている。
「はい旦那、お茶」
「ありがとね、ラナちゃん」
 おまけに傍らにはこうしてラナちゃんがいてくれる。ラナちゃんのいれてくれた、気合のこもった一杯を飲みながら、僕は鳥のさえずりに耳を傾けていた。気分はもう違いの分かる男の赤ラベルだった。
「お〜い、そっち行ったぞ〜」
「なにが…グエッ!」
 そう言いおえる間もなく、僕の顔面にサッカーボールが直撃した。
 グワ〜ンワァ〜ンァ〜ンァ〜ン…
「あ、わり〜わり〜」
 僕の美貌を傷つけた犯人は、ボールを取ってさっさと行ってしまった。
「だ、大丈夫ですか」
 僕の顔をのぞきこんだラナちゃんが思わず吹き出した。
「可愛い… 旦那、パンダさんみたい」
「え、そうなの」
「あ〜あ、砂つぶまでついちゃって… ちょっとじっとしててくださいね」
 ラナちゃんはサッ、と純白のハンカチを取り出した。そしてキチッと折り目のついたそのハンカチの端のあたりを舌で湿らせて、僕の顔についた砂つぶを取ってくれた。
「痛みます?」
「ちょっとだけ」
「もちょっと我慢してて下さいね」
 僕はもう、サッカーボールを当ててくれた奴に感謝したいくらいだった。
「旦那」
 真剣な顔でラナちゃんが言う。
「顔、崩れちゃってますよ」
「いいのいいの」
「なんかにやにやしてるし」
「いいのいいの」
「それに鼻の下のびきっちゃってます」
「いいのいいの」
「…ひょっとして、打ち所悪かったんじゃないんですか」
 ラナちゃんは僕の額に手を当てる。
「いいのいいの」
「本当にいいんですか… じゃ、ちょっと心配だけど、そろそろ帰りますね」
「いいのいいの… え、えっ! もう、帰っちゃうの!?」
「はい、もうそろそろ午後の授業始まっちゃいますし」
「そんなあ」
「それにお布団、干しっぱなしですから」
 ラナちゃんは立ち上がって、ベージュのパンツのほこりを払った。
「旦那、今日の夕ごはん、何がいいですか」
 本当に帰っちゃうの、ラナちゃん!?
「ねえねえラナちゃん。じゃあさ、学校終わった頃『ラスベガス』おいでよ」
「『ラスベガス』?」
「ここの近くのゲーセンあるだろ」
「ああ、はい。分かります」
「学校終わったらみんなで行く約束になったんだ。ラナちゃんも来なよ」
「はい、分かりました。じゃ旦那、午後のお勉強頑張って」
「うん、ありがとねラナちゃん」
 ラナちゃんは手を振って去っていった。
 僕はホウッ、とため息をつき、頬杖をついた。
 ああ、幸せなひとときとは、なぜこうもはかないのか。別れとは、なぜこうも辛いのか。人はしょせんひとりでは生きられない存在なのか。こんな事をふと思ってしまう僕って、ひょっとして詩人!?
「お〜い北原〜」
「もう授業始まってんぞ〜」

 僕も男の子だからゲーセンを嫌いなわけがない。好きだ。好きだけど… 正確には『好きだった』というべきだろう。だって今のゲーセンって『ゲームセンター』というよりは『格闘対戦ゲームセンター』って感じだもんな。僕は格闘ものがあまり得意ではなかった。一応ストツーもサムスピもバーチャもやれる。だけど斜○掌の使えないラ○使いに何の意味があるだろう。まあそれぐらいのレベルで、レベルというのもおこがましくて、バーチャマスターの松井なんかに言わせれば「スパーリングにもならない」のだ。ああ、なんで『大○略』専門のゲーセンとかないんだろう。そしたら僕なんかもう入りびたりで、『求ム! 対戦者』みたいな感じで、オラオラッ、って肩で風切って歩けるんだがなあ。
 今日はみんなで『バーチャ○ン』大会だった。
「あれ、今日は小林、来てないの」
「ああ、なんか用事あるって」
 総勢僕を入れて8人の勝ち抜き戦だ。
「よーし、じゃトーナメント、始めぇ!」
 僕ら8人は、対戦用の筐体にとりついた。僕の対戦相手は… なんだ、法子か。
「お手やわらかにね、北原君」
「おう」
 なんだ、とりあえず一回戦は楽勝じゃないか。いくらなんでも女相手に負けるはずがない。まあ最初の一本くらいは法子にくれてやって、残りで実力の違いを見せつけてやるとするか。
 そう思った僅か1分後…
「なんだ、もう終わり? あっけないの」
 グワ〜〜〜ン! 僕は何がなんだか分からない間に気がつくとストレート負けを喫していた。
「まだみんなやってるよ。もうちょっとねばってくれるかと思ったんだけどな…」
 つまんなそうに法子が言う。
「ごめん…」
「北原君、早すぎるんじゃない?」
 グワ〜〜〜ン! グワ〜〜〜ン! グワ〜〜〜ン!
 早すぎるんじゃない? 早すぎるんじゃない? 早すぎるんじゃない?
 言われてしまった。『女の子にこれだけは言われたくないナンバーワン!』のそのセリフを、ものの見事に言われてしまった〜〜っ!!
 がっくりとうなだれる僕の肩に法子が手をかける。
「まあそんなにめげないで。実は私もサ○ーンで結構練習積んだんだ。北原君も、ちょっと練習積みなさいよ。きっとうまくなるから」
「うん、分かった」
 僕は気を取り直して一人でバーチャ○ンを始めた。こうやってコンピュータ相手ならなんとか勝てるんだけどなあ。そうか。僕って人を傷つける事のできない優しい人間なんだ。『優しさは罪』そんな事を誰かが言ってた。思えば僕も罪な男だ。フッ。
 そう思っていた矢先、対戦者が乱入してきた。ま、まだ早いよ。練習の最中なのに。そう思って対戦側をのぞいたけど、背が低くて相手の顔が見えない。ガキんちょか。だが最近のガキんちょは恐ろしく強い。だいたい毎日ゲーセンに通ってたりして、そんなにおこづかいもらっていいのか、って感じだ。
 だがガキんちょだろうが誰だろうが、売られた喧嘩は買わねばならない。もうこうなったら気合で勝負だ。
「ウラウラウラウラ〜ッ!!」
 ジョイスティックをはちゃめちゃに動かして、コマンドも戦法もへったくれもない。手数だけの勝負だった。だが相手の動きは敵ながらあきれるほどだった。こっちの攻撃をすべて見切ったうえに、向こうの撃った弾は百発百中だった。
「つ、強い…」
 あまりに鮮やかな負け方に、僕は悔しい気持ちさえ忘れていた。せめて相手の顔を見ようと思ってあちら側をのぞいたら…
「えしぇしぇしぇしぇ!」
「あ〜〜っ!! あ、あんたは!?」
 そこに座っていたのは…
「ラ〜ブコ〜メ〜」
 なんとあのラブコメばばあであった。
「たまにこういう所に来ると、なんだか若返ったような気がするのお」
 僕はといえば、ばばあに若さを5才分くらい吸い取られた気分だった。
「ふっふっふっ… お若いの。テ○ジン使うなら、しゃがみボムは必須じゃぞ」
 そう言い残してばばあは去っていった。
「あああ…」
 僕はもはや再起不能だった。法子に負け、そして今またラブコメばばあにさえやぶれるとは…
 トーナメントの勝者は当然松井だった。
「よーし、じゃもう一回トーナメントね」
「え〜っ」
 僕はもう帰りたくなった。それなのに一回戦の相手はなんと松井だった。
「こんなの勝てるわけないよ〜」
 松井はあわれんだ目で僕を見る。
「誰が勝てっていったよ。少しでも長く、俺を楽しませてくれりゃいいんだよ」
「…なんか松井、そのセリフ悪役っぽくない?」
「ふふふ… 北原。俺はこの時を待ってたんだよ」
「え、なにそれ」
「この間の恨みを晴らす時が来たのさ」
 なんか松井の言葉は芝居がかっていた。
「恨みって… ひょっとしてあの時の?」
「そう、大○略の恨みだ」
 あれは二ヵ月ほど前、僕が大○略の相手に飢えて飢えて、もう禁断症状みたいになってた時だった。僕の友達は小林を含めてあらかた僕にコテンコテンにのされていたから、もう誰もやってくれなかった。そんな時、松井が愛の手を差し延べてくれた。
「何、じゃ、俺やってやろ〜か? その大○略ってーの」
「うんうん!」
 その『大○略ってーの』の一言だけで、彼が僕と戦えるレベルではないのは明らかだった。だが禁断症状の僕はそんな事かまってられなかった。僕は喜んで松井を家に連れてきた。だが一度始めてしまうと僕はもう手加減などできなかった。そして僕は4ターン、たった4ターンで彼に勝ってしまったのだ。合掌…
「で、でもあれ、もう2か月も前じゃない」
「4ターンで負けた俺のくやしさは、2か月くらいじゃおさまらん!」
 言われてみればその通りだ。大○略で4ターンで負けるってのは、バーチャ○ンでばばあとやって負けるのと同じくらい恥ずかしい事だ。
「…分かった、受けて立つよ」
「よし、いい度胸だ。本気で来るんだぞ」
「もちろん」
 ジョイスティックを握る僕の手に汗がにじんだ。勝つのは無理でもせめて一本取りたい。最初の一撃で勝負だ。スタートと同時にビームソードで前ダッシュショット。そんなのが通じる相手とも思えないが、僕にはそれしかない! やるぞ!!
「オリャ〜〜ッ!」
 ドーン! 信じられない!! 僕の攻撃で、奴のア○ァームドがふっ飛んだ!
「やるな」
 だが未熟な僕は連続攻撃にうつれない。
「そこでたたみかけるようにいかないとダメだぜ。こんなふうに」
 ああ、やっぱりかないっこない。完全に松井に弄ばれている。一本目は僕の判定勝ち。二本目は松井の圧勝。そして三本目は引き分け。もはや勝敗の行方さえ松井の思うがままだった。
「さあて、いよいよとどめだ」
「う… くっ…」
 僕はもう心も体もボロボロだった。
「旦那!」
 振り向くとラナちゃんが立っていた。
「あ、ラナちゃん… 来てくれたんだね」
「どうしたんですか」
 憔悴しきった僕を見てラナちゃんは驚いている。
「ラナちゃん、僕、もう、駄目みたい…」
 その瞬間、僕のテ○ジンは松井のア○ァームドに一刀両断にされた。
「あああ… ガクッ」
「旦那。しっかりして」
 ぐったりとなった僕をラナちゃんが抱きとめた。
「ふふふ…」
 松井の復讐は終わった。だがそれは、新たな復讐の火種を生んだだけだった。
「ひどい」
 ラナちゃんは松井のほうをキッ、とにらみつけた。
「松井さん、今度は私が相手です」
「よ、よせラナちゃん…」
「北原の言う通りだよ、ラナちゃん。返り討ちにされたいのかい」
 違う、そうじゃないんだ松井。僕はお前のために、よせって言ってるんだ。
「勝負です」
 ラナちゃんは僕に代わってコインを入れた。そしてラナちゃんが選んだ機体は… 誰もが予想したフェ○−○ェンではなかった。
「B・B・B!?」
 そこにいた誰もが異口同音にうなった。
 『B・B・B』。コードナンバーXBV−13−t11。遠距離戦用バーチャ○イド。早い話が『○ル・○ス・○ウ』だ。間違っても『ベム・ベラ・ベロ』の事ではない。僕は一年ほど前それで大恥をかいたことがある。だがそんな事はどうでもいい。松井たちが驚くのは無理のない事で、こいつは最弱の名をほしいままにしている機体なのだ。操作性が悪い、というかとてもじゃないが人間に使いこなせる代物じゃない。だがあいにくな事に、ラナちゃんは人間ではなかった。僕は知っていた。ラナちゃんが使う時にだけ、この機体は最強最悪の殺人兵器に豹変する事を。僕は知っていた。一見、虫も殺さぬように見えるこの女の子が、ジョイスティックを握った瞬間に冷酷無情な32ビットマシンの本性を現す事を。
 『B・B・B』を選んだという事は… 間違いなくラナちゃんは本気だ。
 何も分かってない松井はへらへらと笑っている。
「『バ○・バ△・バ×』だか『ビルジ・キール』だか『フィン・スタビライザー』だか知らないけど、俺をなめてかかるとひどい目に逢うよ」
 ラナちゃんの口もとが、かすかに、にやり、と笑った。
 僕はゾクッと寒けがした。

 3分後、松井は廃人と化していた。
「お、俺… もう『バーチャ○ン』やらない」
 半分泣きべそをかきながら、松井は出ていった。
「ちょぉっと、やりすぎたんじゃないの」
 僕は気の毒そうに松井の後ろ姿を見送った。
「ちょぉっと、やりすぎたみたいです」
 ラナちゃんはペロッ、と舌を出した。
「でも、旦那をいじめる人がいたら、この私が黙ってませんから」
 パソコンってのは加減を知らないからなあ。可愛い顔しておっかないラナちゃんだ。

「はあ…」
 ラナちゃんが仇をとってくれたとはいえ、僕は憂鬱だった。
「どうしたんですか、旦那」
 夕食後のデザートのりんごを剥きながらラナちゃんがたずねる。
「どうして僕、あんなに格闘もの弱いんだろうって」
「もう、やらなきゃいいじゃないですか」
「そういうわけにもなあ… 友達付き合いもあるし」
「いろいろ大変ですねえ」
「大変なんだよ」
 はい、とラナちゃんがくれたりんごを、僕はボリボリとほおばった。
「じゃ、私が旦那に稽古つけてあげましょう」
 気の早いラナちゃんはもうゲーム機の前だ。
「いい、いい。遠慮しときます! はい」
「まあまあ、遠慮しないで」
 ラナちゃんの目はすでに恍惚としている。
「と、とにかく、今日はもう勘弁して!」
「そうですかあ…」
 すでにCD−ROMを持ってスタンバってたラナちゃんは、残念そうにそれをしまった。
 アーケードでさえあれだけの強さを見せたラナちゃんだが、家庭用ゲーム機ではさらに凶悪さを発揮する。なにせ、調子づいてくると、
「ああ、パッドじゃ、なんかかったるいですねえ…」
 とかなんとか言いながら接続コードを取り出して、自分の端子とゲーム機の端子を直接つないでしまうのだ。まさに戦闘マシーンだった。そんなのと対戦したら、もうたまったものではない。
「はああ… 大○略でもやろーかなー」
 なんかつまらない僕は自分の得意ジャンルに逃げる事にした。だいたい、誰も僕と大○略やってくれないから今日みたいな事になったのだ。
「ねえねえラナちゃん。大○略やろうよ〜」
「え〜っ」
「そんな事言わずにさあ…」
「はいはい」
 困った顔でラナちゃんが言う。
「じゃ、旦那が司令官で私が参謀ね」
「いつもそればっかりじゃいやだあ! 僕はラナちゃんと戦いたいんだ」
「やですよぉ」
「なんで?」
「だって… たとえゲームでも、旦那とは戦いたくないんです」
 ラナちゃん、なんてしおらしい事言うんだ君は… ん!? ちょっと待てよ。
「じゃ、なんで『バーチャ○ン』ならOKなの?」
「え、あ、その、やだ、何言ってるんです旦那。あれは戦いじゃなくて、武術じゃないですかあ」
 しどろもどろにラナちゃんは答える。
「武道を通して心身を鍛える。私は旦那の事を思ってですねえ…」
 ラナちゃんも言うことが段々僕に似てきたようだ。
「ラナちゃん、そんな事言って本当は大○略、弱いんだろ」
「私に苦手なテレビゲームなんかありませんよ」
「うそうそ。負けるのが怖いんだよ」
「そんな事ありません!」
「じゃ、やろうよお。大○略〜っ」
 言ってるうちに、本当に禁断症状が出てきてしまった。
「ねえねえ、やろうよお〜!」
「そんなにやりたきゃ、コンピュータとやればどうです?」
「ラナちゃんだってコンピュータじゃないかあ。僕はラナちゃんとやりたいんだよ〜!」
 僕は足をバタバタさせてゴネた。
「やりたいやりたい! ラナちゃんとやりたいぃ〜っ!!」
 はたで見てると恥ずかしい光景だった。はたで聞いてると危ないセリフだった。
 と、その時響いてくるスリッパの音。
 ズザザザザ…
「北原ぁ〜〜っ!!」
 バーン!
「わーっ、先輩!?」
「北原君、いい年して駄々こねるんじゃない!」
 先輩は入ってくるなりビシッ、と僕にお灸をすえた。
「そんなに言うならこの私が相手してやる。さあ来い!」
「先輩のご厚意は嬉しいですけど…」
 本当はちっとも嬉しくなかった。
「そんな事言ってこの前3ターンで負けたじゃないですか」
「何? そんなの覚えてないぞ」
 そうか。先輩はあの時、寝不足のあまり記憶を失ったんだ。
「まあまあ先輩さん。お茶でもどうぞ」
「こりゃラナ君、ありがとう」
「旦那もこれ飲んでちょっとは落ちついて下さい」
「う、うん…」

 ラナちゃんのお茶のおかげで、僕はようやく落ちつきを取り戻した。
「つまり北原君。自分と張り合えるだけの対戦相手がほしい、とこういう事だね」
「はい…」
 だけど僕の回りを見回しても、だ〜れも互角に戦えそうな奴なんていない。実をいうとラナちゃんだけは、僕となんとか互角にやれるんじゃないかと思ってる。さっきはあんな事言って挑発したけど、僕の参謀として何度も一緒に戦っていると、ラナちゃんの実力がなかなかのものだということが伝わってくるのだ。だけどラナちゃんは僕と戦いたくないらしいし…
「北原君。それは簡単な事だよ」
「えっ」
 僕は目を丸くした。
「いるんですか。僕と張り合えるだけの凄腕が」
「多分。君より強いのもいるだろう」
「どこにいるんです?」
「インターネット」
 ラナちゃんが相槌をうつ。
「ネット対戦ですね」
「その通り」
 先輩は物知り顔で言った。
「たしか大○略作ってる会社が『インターネットバトル』とかいうのを企画してるはずだ」
「じゃ、じゃあ、そこに行けば…」
 先輩は頷く。
「相手も自分の力量に合わせて選びたい放題、戦いたい放題…」
「ああ…」
 それはまさに僕には夢のような世界だった。きっとどこかの仮想空間、広い野原に花が咲き乱れ、蝶が舞い、鳥が歌う。そしてそこで繰り広げられるメルカバとレオパルドの、ハリアーとフォージャーの、ペトロパブロフスクとめうかうの、美しくも壮絶な戦いの饗宴。ああ、ああ、あああ〜〜〜っっ!
「大丈夫かね、北原君」
「あああ〜〜っ」
「で、そのアドレスはどこなんです?」
 ラナちゃんが尋ねる。
 先輩が大仰に頷く。
「うむ、それは…」
「それは?」
 僕は全身を耳にして先輩の言葉を待った。
「それは…」
「それは?」
「……ぐう」
「先輩! 肝心なとこで寝ないで下さい!!」
 僕は先輩を揺さぶったが無駄だった。先輩の眠りを覚ます事は何人たりとも不可能であった。
「大丈夫ですよ旦那」
「何が?」
「今の先輩さんの話を聞けば十分。あとは検索エンジンを使ってチョチョイっと、ね」
 ラナちゃんは自信たっぷりに言う。
「なんだかよく分かんない。ラナちゃん、『健作猿人』って、なんなの?」
「やだあ、何言ってるんですか旦那。検索エンジンは検索エンジンじゃないですか。そんなのインターネットやった事のある人なら誰だって…」
 ラナちゃんは、はっ、と口を押さえた。
「旦那、まさか…」
「そうなんだ…」
 僕は蚊の泣くような声で言った。
「…僕、インターネットやった事ないんだ」
「えっ」
 ラナちゃんは信じられない、という顔をした。
「ええっ!?」
 ラナちゃんは信じられない、という顔をした。
「えええ〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
 ラナちゃんは信じられない、という顔をした。
「そんな… 『煩悩オタク』とまで異名をとる旦那が…」
「せめて『電脳オタク』にしてくれない」
「その旦那が、なぜ…」
「ラナちゃん… 僕とずっとこの家に住んでて分からない?」
「って言いますと?」
「僕んちには、電話がないんだよ〜〜っ!!」
 ドド〜ン! 僕の心には日本海の荒波が打ち寄せる!
「そう、いくら高速のモデムがあったって、最新のブラウザ積んでたって、肝心の電話がなくちゃ、インターネットなんか、インターネットなんか…」
「ごもっとも…」
 ラナちゃんは感心してる。
「それにしてもパソコン持っててインターネットもしないなんて、それじゃなんのためにパソコン買ったのかわかんないですね」
 グサッ。
「あ、そうか。旦那にはハードディスクにたっぷり入ったうれし恥ずかしいゲームがいっぱいありますものね。なんだ、ひょっとして、そのために、そのためだけに私を買ったんだ…」
 グサッ、グサッ。
「…そりゃ僕だってインターネットぐらいやりたいよ」
 傷口に塩を塗りたくるようなラナちゃんの言葉に、僕はもうボロボロだった。
「だけど貧乏人にはインターネットをする資格なんかないんだ。貧乏人は人にあらず。貧乏ひまなし甲斐性なしってね、ははは…」
「あ、あの…」
「ああ、早く人間になりたい!」
「あの、旦那…」
「いいんだよラナちゃん、同情なんて…」
「あの、そうじゃなくて」
 きょとんとしてラナちゃんは言う。
「家に電話がなくったって、公衆電話から繋げればいいじゃないですか」
 僕はポカン、と口を開けた。
 あ、そうか。ラナちゃんは元々デスクトップパソコンだったからそんなの思いつきもしなかったけど、こうしてペンティアム少女になったラナちゃんなら…
「ラナちゃん、あったまい〜」
 ラナちゃんは困った顔だ。
「私が頭いいというよりは…」
 まるで僕のおつむの方に問題がありそうだ、とでも言いたげなラナちゃんだった。

「夜中に外出って、なんかうきうきしますね」
「うん」
 僕らは夜が更けてから行動を開始した。夜中なら人もいないからラナちゃんのアンビリカル延長コード12両編成も怪しまれないし、真っ昼間から公衆電話でインターネットというのもはた迷惑な話だしね。
 家の裏の小路を、古ぼけた板塀に沿ってちょっと行ったところに緑の電話ボックスがある。あそこが多分、家から一番近くて、コードもぎりぎり届くはずだ。
「あ、でも僕インターネットの接続の仕方知らないや」
「ちっちっちっ」
 ラナちゃんが指を振る。
「旦那、私を誰だと思ってるんです? ペンティアム少女のラナですよ。インターネットのひとつやふたつ、接続できなくてどうするんですか」
「わあ、ラナちゃんたのもしい」
 11時過ぎまでは銭湯の客がよく使ってるその電話ボックスも、今は案の定、誰も使っていなかった。よーし、思う存分インターネットだ。
「で、プロバイダですけど、どうしましょ」
「ぷ、ぷろだいばー…」
 そ、そういえば、プロのダイバーだか素潜りの名人だか知らないけど、なんかそういうのがあったな。
「ら、ラナちゃんの好きなのでいいよ」
「別に好き嫌いなんかないですけど、そうですねえ…」
 ラナちゃんはちょっと考えこんだ。別な言い方をすると、ぷろだいばー情報の入ったディレクトリを検索した。
「じゃあ、これにしちゃいましょう。サービス期間中で、タダで接続できるそうです」
「いいね。それにしよう」
「はい」
 聞いた話だと、そういうところって利用者が多くてなかなか繋がらないらしいけど、何事も、ものは試しだ。
「旦那、テレカ持ってきました?」
「もう、ばっちり… あ〜っ!」
「もう旦那ったら、おっちょこちょいなんだからあ」
「違う違う。そうじゃなくて」
 僕は電話機を指さした。
「ほら、これモジュラーがついてないよ」
「どれどれ… あ、本当だ。モジュラーないですね」
 僕らは変な日本語を使った。
「でも平気へいき、モジュラーなんかなくたって」
 ラナちゃんはあっさりと言った。
「え、でも、どうやって繋げるの?」
「音声で直接、接続しちゃいます」
「え、できるのそんな事」
「まあ、この私にまかせて下さい」
 ラナちゃんはない胸を叩いた。
 ピ・ポ・パ・ピ・ポ……
「どう、つながった?」
「…話し中みたいです」
「やっぱり…」
 だけどラナちゃんは気にするようすもない。
「旦那、もちょっと待ってて下さいね」
 そしてラナちゃんは不思議な行動に出た。話し中の受話器に向かって、何やらしゃべりだしたのだ。
「もしもし… はい… ええ」
 いったい誰にしゃべってるんだろ。話し中なのに。
「あの… ええ… そうなんです… いいですか? ありがとうございます」
 すると突然、今までのツーツー音がピタリとやんだ。
「旦那、つながりました」
「え、本当!?」
 僕には納得がいかない。
「でも、確か… さっき、話し中じゃなかったの?」
「はい、そうなんですけど…」
 ラナちゃんは嬉しそうに説明してくれた。
「旦那がインターネット初体験なんで、使わせてあげて下さいって、交換機さんにお願いして、特別に回線あけてもらいました」
「交換機… さん?」
「はい、交換機さん」
 にこにこしてラナちゃんは言う。
「最初は無口で気難しいおじさんかと思ったけど、とっても優しい人でした」
「そ、そうなんだ… よかったねえ」
「はい」
「…じゃ、交換機さんに、ラナちゃんからよろしく言っといてくれる?」
「そりゃもちろん」
 『交換機さん』か、ははは。メルヘンだなあラナちゃんって。
「すごいね、ラナちゃんって」
「まあ、ざっとこんなもんです」
 ラナちゃんはない胸をはった。
「じゃ、さっそくプロバイダ契約しちゃいますね」
「う、うんお願い」
 なんか知らんがもう、ラナちゃんにおまかせだ。
 ラナちゃんはまたしゃべりだした。
「もしもし… 初めまして… はい… ええ… え、そうなんですか?」
 何が起こってるのか、僕にはさっぱりだった。
「はい… はい… え〜! うそ!? やだあ…」
「ラナちゃんラナちゃん」
「え、なんですか旦那」
「今度は何やってるの?」
「だから、サーバさんとプロバイダ契約してるとこですよ」
「…僕にはとてもそうは見えないんだけど」
「まあ私にまかせてくださいって」
「そりゃいいけど…」
 サーバさんってのは、サーバの事で、つまりコンピュータの事だろ。ラナちゃんもコンピュータだから、『交換機』さんや『サーバ』さんと会話できるのは、とても信じがたい事だけれど百歩譲って信じるとして。それにしても…
「ラナちゃん… 一つ質問してもいいかな」
「はい?」
「サーバさんにしても、さっきの交換機さんにしても、ラナちゃんと同じコンピュータだろ」
「まあ、広い意味でそうです」
「なんでコンピュータ同士なのに、日本語で会話しないといけないの?」
「ああ、そういえば…」
 ラナちゃん、唇に人差し指をあてて思案顔。
「…いわれてみればそうですね。なんかさっきから、もどかしいなと思ってました」
「だろ?」
「じゃ、マシン語でしゃべっちゃおうかな。その方がてっとり早いし」
 ラナちゃんはにんまりとして僕をみた。
「本当に、いいんですかあ〜」
 妙にすごんだ声でラナちゃんが言う。
 僕はラナちゃんがマシン語で受話器に話してる所を想像してみた。
「いい、いい、やっぱ日本語でいい」
 僕はブルブル… と首を振った。
「じゃ、やっぱり日本語モードでいきますね」
 ラナちゃんはまた『サーバさん』としゃべりだした。
「うん、ごめんね… ううん、そうじゃなくて… 違うってばあ… だからそういう関係じゃなくてぇ… え〜なに、信じらんない!」
 どうやらラナちゃんはサーバさんとすっかり仲良しになってしまったらしい。
「うんうん… 違うって! だからあ… なんだよぉ、ざけんなよ〜」
 なんか急速に仲良しになっちゃったみたいだ。だけど僕はちっとも面白くない。
「ねえ、ラナちゃん」
「うんうん、そうそう… え? ちょっと待ってて…」
 受話器を押さえてラナちゃんが振り向く。
「旦那、何か言いました?」
「…なんでもない」
 ラナちゃんはまた受話器をとって、もうサーバさんとの会話に夢中だ。
「ごめんごめん… え、ちょっと待って… てことはあんた年下!? ショック〜!」
 僕は電話ボックスの床のコンクリに『かわいいコックさん』を描きはじめた。いいんだ、ラナちゃんが相手してくんなくたって。どうせ僕なんか。ふんふん。なにがマルチタスクだい。僕の事、見向きもしてくれないくせに。ふんふん。
「旦那、旦那」
「ふんふん」
「もう旦那ったら、何すねてるんですか? プロバイダ契約、終わりましたよ」
「え、ほんとう!?」
「はい、これが旦那のID」
 ラナちゃんはメモ書きをくれた。
「わあ、ありがとう」
「どういたしまして」
「ねえねえ、パスワードは?」
「そんなの、ありません」
「うそ!?」
「いいんです。あの子と私は顔パスですから」
「は、はあ…」
 どうやらラナちゃんといる限り、僕にはまっとうなインターネット道は歩めそうになかった。
「ああ、それから… 旦那、あの子に名前つけてやってくれません?」
「あの子、って、サーバさんの事?」
「はい。あの子、私の事、すごくいい名前だってほめてくれました」
 ラナちゃんはちょっと照れくさそうだ。
「それで自分にも、旦那に名前つけてほしいって」
「うん。分かった」
 そうだな。サーバだから、サーバ、サーバ、サーバ…
「タバサ、なんてどう?」
「はい!」
 ラナちゃんはにっこりして受話器に話しかけた。
「聞いた聞いた? あんたタバサだよ」
 ラナちゃんは僕に向き直った。
「たいへん結構な名前をいただいて感激しているそうです」
「よかったね」
「ありがとうございます、旦那」
 目を輝かせて友達のこと喜んでるラナちゃんを見てると、僕の方まで嬉しくなってくる。
「そんな、お礼言われるほどの事じゃないよ」
「いいえ。タバサが、旦那にはこれからいつも最優先VIP回線を回します、って」
「いいよいいよ、そんなの」
「でもそれじゃ、タバサの気がすみません」
「それじゃ、今日だけお願いね」
「はい」
 ラナちゃんははしゃいだ様子でタバサに報告していた。コンピュータにとって、人間に名前をつけてもらうって、よほど嬉しいことらしい。
「ねえ、ラナちゃん…」
 僕はちょっと気になった。
「はい」
「ラナちゃんはさあ、『ラナちゃん』って名前、気に入ってくれてる?」
 ラナちゃんは驚いたように、受話器を握ったまま僕を見た。
 僕が一生懸命考えてつけた名前。僕の一番お気に入りの名前。
 でも、ラナちゃん本人はどう思ってるんだろ。
 ラナちゃんは何も言わずに僕をみつめてる。
 聞かないほうがよかったかな…
 僕がそう思ったとき、ラナちゃんは不意に僕に顔を近づけ、頬にキスをした。
「さて、そろそろホームページ、探しましょ」
「そっ、そそそそそそうだね」
 ラナちゃんは何事もなかったかのようにてきぱきと行動を開始した。
「よいしょっと」
 持ってきたショルダーバッグから17インチのディスプレイを取り出す。こんなのどうやって入ってたんだろう。
「ええと、『大○略』のホームページですね…」
 僕は自分の頬にふれて、さっきの感触を確かめていた。
「ありましたありました」
「……」
「ありましたよ、旦那」
「え?、ああ」
 僕はもう、インターネットの事も大○略の事もすっかり忘れていた。
「もう見つけちゃったの? 早いねラナちゃん」
 僕はぼんやりと、ディスプレイに映った情報を眺めた。
「そりゃもう、なんたって最優先VIP回線ですから」
 ラナちゃんは妙にはしゃいでる。
「あれ、なんか変だな… これ本当に『大○略』のホームページ?」
「ええ。もうバッチリ!」
「なになに… (日本の最初で最後のスキー場。まだまだ滑れます。エゾ鹿やヒグマもあなたを大歓迎…) なに、これ?」
「なにこれって… あ〜〜っ!」
「どうしたの」
「これ、『大○略』じゃなくて、『大雪山』のホームページでした!」
 ガクッ。
「ごめんなさい! 今、本物ひっぱってきますね、今すぐ!」
 ラナちゃんはあたふたと検索を始めた。
「ありましたありました。今度こそバッチリ本物疑いなし!」
「どれどれ… (伝説の英雄今ここに蘇る。受けよ! 伝家の宝刀空手チョップ!!)…って、これ、ひょっとして『力道山』のホームページじゃないの?」
「キャ〜〜〜ッ!! ごめんなさい、ごめんなさい!」
 そうか分かったぞ。気が動転してるのは僕だけじゃなかったんだ。さっきからラナちゃんが妙にはしゃいでるのは、きっとそのせいだな。
「あ〜ん、今度こそ本物です〜」
「(紅葉が綺麗なツツジ科の低木で…)って、これは『どうだんつつじ』!」
「え〜ん、今度こそ!」
「(北極海をはさんで米国とロシアが数千発の核を…)ってこりゃ『大陸間弾道弾』!」
「これこそ本物〜!」
「(フィリピン海プレートがユーラシアプレートに…)ってこりゃ『海洋底拡大説』!」
「次いきます〜!」
「(水金地火木土天冥海…)って、こりゃ『太陽系』!」
「え〜い!」
「(海の民なら男なら…)って、こりゃ『太平洋』!」
「タ〜ッ!」
「(秦の始皇帝の墓に隠された巨大な…)って、こりゃ『兵馬俑』!」
「ひえ〜ん!」
「(インドシナを再び我が手に。君も今すぐ入隊だ)ってこりゃ『傭兵』じゃ〜っ!」
 これじゃ「検索」じゃなくて「連想」だね。
「あ〜ん、どうしよう、どうしよう!」
 ラナちゃんは困りきった表情をしていたが、突然うつろな目になった。
「 …あれぇ〜、ここはあぁ〜、どこかしらあぁ〜」
「ラナちゃんラナちゃん」
「 …ラナちゃん、よくわかんないぃ〜」
「ラナちゃん、省電力モードのふりしてごまかしたって駄目だよ」
「…ぐすん、バレちゃいました?」
 ラナちゃんはすっかりしょげかえってる。
「ごめんなさい旦那。私、肝心な時に役たたずで」
「いいのいいの」
「でも…」
「ちっとも役たたずじゃないよ。今日はラナちゃんにいろいろインターネットの事教えてもらったし」
 それにもっと素敵な事も教えてもらったし。
「だから、続きはまた今度にしよ」
 そうそう、続きはまた今度。
「ね」
「うん」
 ラナちゃんはコクリ、と頷いた。
「そうします。私、もっともっと勉強しときますね」
「おーし、頼むよラナちゃん」
「はい、まかせて下さい!」
 ラナちゃんがガッツポーズをみせる。いいぞラナちゃん。やっといつものラナちゃんだ。
「じゃ、ディスプレイしまって帰ろうか」
「はい」
 そうして僕らがディスプレイをしまおうとした時、
「…ちょっと待ってください」
「へっ」
 ラナちゃんではなかった。僕はあたりをきょろきょろ見回した。
「誰だろ、今の声」
「どうやら、この子みたいですよ」
「この子?」
 ラナちゃんはディスプレイの方を指さした。
 そこにはとっても可愛らしい、羽の生えた妖精がいた。
「…なんでこんなとこに妖精の女の子がいるの?」
 あ、そうか。『傭兵』の次は『妖精』だったんだな、きっと。
「こんばんわ」
 妖精の子がこっちを見てあいさつしてる。
「…今、この子、僕の方みて挨拶しなかった?」
「はい。しました」
「そんな事できるの? ホームページで」
「普通はできませんけど…」
 ラナちゃんはちょっと自慢げだ。
「今は私が触媒になってるんです。交換機さんやサーバと違って、ホームページはマン・マシン・インターフェースが充実してますから、私が仲介してあげればこうやって人間とお話もできるんです」
 …もの凄い事をさりげなく言うなあ。ラナちゃんってきっと、最強のインターネット端末に違いない。やはりラナちゃんはただものではなかった。ただのゲーマーではなかった。恐るべしペンティアム少女、恐るべしラナちゃん!
「あの…」
 妖精の女の子はおずおずと言った。
「私のホームページに来てくれたのも何かの縁。せっかくですから、もう少しゆっくりしてって下さいな」
 妖精の女の子はいかにも、って感じの子だった。金色の、肩まで伸びた巻き毛。エメラルドのような瞳。フリルのついたドレス。絵本かなにかにそのまま出てきそうなその女の子が、僕に向かって話しかけていた。不思議な気持ちだった。
 妖精ってもっとおしゃべりかと思ってたけど、この子はなんだかとってもおとなしくて、そこがまたかわいくて放っておけない感じだった。
「そうだね。じゃ、せっかくだから寄らせてもらおうか」
「そうですね」
「ありがとうございます」
 妖精はにっこり微笑んだ。でもその笑顔は心なしかぎごちなかった。
「どうしたの?」
 ラナちゃんが心配そうに尋ねる。
「体の調子でも悪いの?」
 女の子はプルプル… と首を振った。
「いいえ、緊張してるんです」
「なんで?」
「あの、このホームページ、今日できたばっかりで、それで、お客さんもあなたたちが始めてなんです… それで、あがってしまって…」
 本当だ。そういえばさっきからなんかイントネーションも変だもんな。
「そんなにかたくならなくていいのよ」
 ラナちゃんは優しく、お姉さんのように話しかけた。
「私もこう見えても、実はパソコンなの。だからあなたと一緒、お友達よ」
「ほんと?」
「うん。私はペンティアム少女のラナ。こちらは私の旦那の…」
「北原ってんだ。よろしく」
 女の子はコクリ、と頷いた。
「うちは…」
 言いかけて、女の子は慌てて口を押さえた。
「う、うち!?」
 僕とラナちゃんは思わず顔を見合わせた。
 そういえばこの子のイントネーション。どっか変だと思ったら…
「君、いまの、ひょっとして関西弁じゃないの?」
 女の子は顔を真っ赤にした。
「はい、ほんまはうち、関西弁なんです。そやけど、やっぱしみんなに見てもらうから、よそいきの言葉使わなあかんし… そやから余計に緊張して…」
「いいのよ、そんなの」
「そう。知り合いに関西弁のやつがいるからさ、僕ら慣れてるんだ」
 別に慣れたくて慣れたんじゃないけどな、小林!
「ええんですか? 関西弁でしゃべって」
「ああ、もう、すきなだけ」
「ほんま?」
 女の子の顔がみるみるにこやかになる。
「うち、このホームページの案内役、バーチャル・ペンティアム妖精のマーガレットいいます。どうぞよろしゅうに」
 女の子は改めて自己紹介した。
「二人とも、ええ人やな。うち、始めてのお客さんがこんなええ人でよかった」
 マーガレットは憑きものがとれたかのようにいきいきとしゃべり始めた。これがこの子の本来の性格なんだろう。元気があって、いいぞ。
「ほな、改めてうちのホームページへようこそ! ここには古今東西の妖精がいてはります。別に噛みついたりしませんよって、安心して見てって下さい。まず右手に見えるんが…」
 それはなかなか良くできたホームページだった。始めてホームページを見た僕がいうのもなんだけど、グラフィックや音に凝っているのもさることながら、これを作った人の妖精の知識が生半可なものではない事は、すぐに分かった。
 だけど僕はマーガレットの案内をうけながら、思考は別ベクトルをさまよっていた。
 なんで妖精が関西弁なんだ!?

 それからというもの、ラナちゃんは僕の許しを得て、二日に一度は電話ボックスにインターネットをしに行くようになった。もうすっかり、タバサやマーガレットとは仲良しこよしだ。
 やっぱり女の子っておしゃべりが好きだし、それに家でじっと僕の事待ってるのも退屈だろうし。電話代が多少かかる事くらい、ラナちゃんが喜んでくれるのならなんとも、なんとも… なんともないやい!
 そんなある日、僕が学校から帰ると、
「旦那、旦那にEメールが届いてます」
「Eメール?」
「はい」
 僕はラナちゃんにEメールのプリントアウトをもらった。
 誰だろう。僕の知らない人だった。もちろんこういうのって実名とは限らないけど。
「マーガレットのホームページを作った人からです」
 つまりマーガレットのご主人様ってわけだな。
 メールの内容はというと、僕とラナちゃんがマーガレットの事を可愛がってくれているのを知って、ぜひ一度じかにお会いしたい… という事だった。
「ふーん」
 あのホームページ、なかなか趣味がよかったものな。きっとあれを作った人も趣味のいい、こざっぱりとした、それでいてチャーミングな、クリッとした目がかわいくて、でも出るとこは出てひっこむとこはひっこんで… うむうむ、そいつは、なかなか、よろしいんじゃないでしょうか!
「ラナちゃんは、どんな人だか知ってる?」
「さあ… 聞いた話だと、なんでも、はたちの短大生だとか」
「よし! 会おう!!」

待ち合わせ場所はアキバのとあるインターネットカフェだった。ここなら電話ボックスや携帯がなくてもいつでもマーガレットと会えるからだ。
「ご主人様、遅いなあ」
 マーガレットはそわそわと落ちつかない。彼女にとってはご主人様とじかにしゃべる始めてのチャンスなのだ。
「ほんと、遅いなあ」
 僕は僕で落ちつかなかった。ラナちゃんにプリントアウトしてもらったEメール、何度も何度も読み返したその手紙を、僕はまた取り出していた。
 ああ、一体どんなかわいこちゃん(!)なんだろ。僕は想像の世界に浸りながら、クンクン、と手紙の匂いをかいでいた。
「なあなあ、ラナりん」
「なになに、マーガりん」
 おいおい君たち。なんでもかんでも『りん』をつけりゃいいってもんじゃないぞ。
「言いたなかったんやけどな…」
 ひそひそ話のつもりらしいが店内につつぬけの声だった。
「ラナりんの旦那、言うたら悪いけど、ひょっとして、これちゃうか?」
 マーガりんは指をくるくる、手をパッ、と開いた。
 こいつ、甘やかすととことん! つけあがるタイプだな。
「そこが旦那のいいところなの」
 ラナちゃ〜ん、それちっともフォローになってないぞ。
「あ〜〜〜っ!!」
 マーガりんが大声を出した。
「来はった来はった、ご主人様来はった!」
「え、どこどこ!?」
 僕とラナちゃんはドアの方を見た。
「ご主人さま、こっちこっち」
 マーガりんが手をふる。
「げ、あいつは」
「小林さん!?」
 そう、入ってきたのは小林だった。
「あれ? ラナちゃんとおまけやないか。なんでこんなとこにおるんや」
「なんでって、お前…」
「ご主人様!」
「あ、マーガレット、マーガレットやないか!!」
「ご主人様ぁ!!」
「お前、いつからしゃべれるようになったんや」
「やはりお前か、マーガりんのご主人様は!?」
「なんや。マーガレットの友達って、お前らの事かいな」
 小林はがっかりした様子だ。だが僕のがっかりは貴様の100万倍だ!!
「なんや、じゃない! なんでこんなのがはたちの女子大生なんだよ!」
「こんなの、とはなんや。ご主人様に向かって」
「そうや、大体なんや。そのはたちの女子大生って…」
 僕はラナちゃんの方を見た。
「女子大生なんて誰も言ってません。はたちの短大生って言ったんです。マーガりんが」
 みんなはマーガりんの方を見た。
「だってそうやないの。なあご主人様」
「短大生じゃないの、専門学校生!」
「…それって、どうちゃうの?」
 僕は、もう、うわあ〜〜〜っ!
「だいたい、この顔でどこが『ご主人様』だよどこが! どこからどう見たって北京原人の復活じゃないか!」
「お前なあ、誰がジョン・ローンや誰が。だいたいお前こそ、『旦那』っちゅうツラか。水飲み百姓の小伜みたいななりして」
「なんだと〜っ!」
「やるか〜っ!」
 ラナちゃんとマーガりんは顔を見合わせて肩をすくめた。
 夜は更け… なかった……

 (続く)


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