〜アドバンスド・ワールド・ペンティアム少女ドラマ〜
『アキバ大パニック!』その6
――恋の逆三段スライド方式の巻――


***  登 場 人 物   紹 介  ***

北原リョウ …  知的でかっこよく足の長い本編の主人公。つまり僕のこと。
ラナちゃん …  僕の最愛のパソコン。今じゃ歌って踊れるペンティアム少女。
小林 …  僕の悪友。オタクな事ならなんでもおまかせのどうしようもない奴。
マーガりん …  金髪で碧い目で関西弁のバーチャル・ペンティアム妖精。
法子 …  僕のクラス唯一の女性。一見まともだが実は小林と同類。
サティアン …  究極のパソコンオタク。ラナちゃんを密かに狙っている。
松井 …  バリバリのゲーマー。車の事にもうるさい。
先輩 …  僕と同じアパートに住む一流プログラマー。常に寝不足。
ラブコメばばあ …  ???

 みなさん、いかがお過ごしですか? 残暑が厳しいですね。
 とはいえ残暑は残暑。一時期は地獄の様相を呈していたわが家も、最近では暑さを楽しむ余裕さえでてきた。
「…というわけで、こうしてまたラナちゃんのお茶をおいしくいただけるってわけ」
「なにが『というわけ』なんです? ひとりごと、オヤジみたい」
 といいつつまんざらでもないラナちゃんは、僕のためにかいがいしくお茶をたててくれていた。
 ラナちゃんの場合、『お茶をたてる』という大げさな表現がぴったりだった。別にタワシみたいなのでシャカシャカやるわけでも青汁みたいなドップリしたのを出されるわけでもないのだが。『一杯入魂』、この言葉がラナちゃんにはふさわしかった。
「お味は?」
「うまい、もう一杯」
 おいしいのはもちろんだが、そう言った時のラナちゃんの笑顔が嬉しくて、ついついもう一杯頼んでしまうのだ。
「はい、じゃさっそく… あ、でもそろそろお茶っぱとっかえないと」
「あ、それじゃ僕、ちょっとトイレね」
 タップンタップンになったおなかを癒しにトイレに行った僕が、部屋に戻ろうとすると…
 ラナちゃんは僕がドアを開けたのにも気づかずに、小振りの鉄瓶に水を注いでいる。
(チャ〜ンス!)
 実は僕には前々から気になっている事があった。ラナちゃんは家の中だろうが外だろうがいつでもどこでもスッ、と気の効いたタイミングでお茶を出してくれる。あれはいったいどういう仕組みになってるんだろう。
 僕は静かにドアを閉め、僅かに開けた隙間からそっと中をのぞきこんだ。
 そして僕は信じられない光景を目にした。
 ラナちゃんは鉄瓶を自分のおでこの上にのっけたのだ。ちょうどCPUクーラーのあるあたりに。そして、
「んっ」
 ラナちゃんが気合いを入れるやいなや、たちまち鉄瓶からふつふつと湯気が沸き立ってくるではないか!
 これがラナちゃんのおいしいお茶の秘密だったのか… ペンティアムの熱放出量は半端ではないと聞いていたが。素晴らしい、見事だ。
 僕はしばしその幻想的な光景に見入っていた。
 その時ラナちゃんは僕の視線に気づいてこっちを見た。
「!」
 僕は慌ててドアを閉めたがもう遅かった。
「…旦那」
 ドア越しにラナちゃんの声がする。
「見てしまったんですね」
 ラナちゃんの声は悲しげだった。
「ご、ごめん…」
 僕はきまりわるそうに言った。
「でもラナちゃん。すごいじゃない。CPUでお茶を沸かせるなんて」
 ラナちゃんの返事はなかった。
「そうだよね。CPUの熱だって、有効利用しないともったいないもんね。○京電力のデンコちゃんも、きっと喜んでくれると思うよ」
 僕は一人でしゃべり続けた。
「…ごめんよラナちゃん、のぞきなんてよくないよね。でもさ、悪気があったわけじゃないんだ。ほら、魔が差したっていうか、ほんのちょっと気になって、それで、ね…」
「…見られてしまったからには」
 ようやく口をひらいてくれたラナちゃんの言葉は重かった。
「…私は、パソコンの国に帰らなければなりません」
「じょ、冗談だよね…」
「旦那… 短い間だったけど、ありがとう」
 嘘だろラナちゃん? そんなの、聞いてないよ!
 僕はドアを開けようとした。だがびくともしなかった。
「開けて、ラナちゃん、開けて!」
「さようなら…」
「ラナちゃん!!」
 僕は力任せにドアのノブを回した。ドアはあっけなく開いた。僕はよろめきながら部屋の中に入った。
 そこにラナちゃんはいなかった。
「ラナ… ちゃん!?」
 開いた窓のカーテンが、風でひらひらと揺れていた。
 僕は窓から身を乗り出すように外を見回した。
 あたりには誰もいなかった。季節にせきたてられて鳴くセミの声が聞こえるばかりだった。
 ラナちゃんが、いなくなる!? それもこんな形で。
「そんな…」
 いやだ。そんなの信じられなかった。そんなの、絶対いやだ!
 その時、キイ… とドアのきしむ音がした。
 振り向くと、ドアの影からラナちゃんが顔をのぞかせていた。
「う・そ」
 ラナちゃんはいたずら子猫みたいに舌をだした。
「だってぇ、とっても恥ずかしかったんだから…」
 そう言いおえる前に、僕はラナちゃんの事を抱きしめていた。
「ひどいやラナちゃん」
 ラナちゃんは戸惑いの表情をみせる。
「ひどいや…」
「…ごめんなさい」
「もう、会えないのかと思った」
「……」
「ラナちゃん、どこにも行ったりしないで」
「旦那…」
「ずっと、僕のそばにいて」
「…えしぇしぇしぇ」
 その時、どこからともなくあのしわがれた声が聞こえてきた。
「ラ〜ブコ〜メ〜」
 僕は背後に忍び寄ってきた不気味な気配を感じて言った。
「…悪いけど、今とりこみ中なんだ」
「え、えしぇ?」
「今日のところはひきとってもらえないか」
「ラ、ラブコメ…」
 二階の窓から顔をのぞかせていたラブコメばばあはすごすごと引き上げていった。やった。始めての完勝だ。それにしてもどうやってあんな場所に!?
「旦那、お年寄りをいじめちゃいけませんよ」
 気の毒そうにラナちゃんが言う。
「だってねラナちゃん…」
「その通りじゃ!」
「わっ、ばばあ!」
「さらばじゃ。また逢おうぞ」
 ひらり、と窓から身を躍らせ、今度こそばばあは去っていった。そんな彼女の後ろ姿を、僕とラナちゃんは言葉もなく見守っていた。なーむ〜。

 なんだか、ばばあの乱入で、ラナちゃんの気持ちを聞きそびれてしまった。残念なような、ほっとしたようなそんな気分だった。
「旦那、さっきはごめんなさいね」
「ううん、僕のほうこそ」
 なんだかラナちゃんにうまくはぐらかされた感じだけど、ま、いっか。
「じゃあ旦那。も一度お茶入れなおしますから、向こう向いてて下さいね」
「そんな恥ずかしがる事ないのに。かっこいいと思うけどなあ…」
「それからこの事、みんなにはぜ〜ったい内緒にしててくださいよ」
 その時だった。僕の頭脳にとてつもなくすばらしいアイデアがひらめいたのだ。
「ラナちゃん!」
「はい?」
「みんなには内緒にしとくからさあ、一つお願いがあるんだ」
 僕はラナちゃんの耳元で、ごにょごにょと囁いた。
「…ラナちゃんのCPUって、おでこの所にあるんだよね」
「ええ、見ての通り」
「…それさあ、おへその所に付け替えてくれない?」
「え、おへそ、ですか?」
 ラナちゃんは困った顔をする。
「なんでおへそなんですか」
「それなんだよ!」
 僕はここぞとばかりに打ち明けた。
「僕は、ラナちゃんが『へそで茶を沸かす』ところが見たいんだあ!!」
「え〜〜〜〜っ! 信じられない!! 絶対やだあ!!!!」
 思いもよらぬ激しい抵抗だった。
「ええっ、嫌なの!?」
「当たり前です!」
「いいアイデアだと思ったんだけどなあ」
「大体そんな事して、なんのメリットがあるんですか!」
「僕が、嬉しい」
「それじゃ旦那、変態です!」
「男のロマンと言ってくれ」
「そんなにやりたきゃ、旦那がやればいいでしょ」
「これができるのは世界広しといえどラナちゃんだけなんだよ」
「そんなの私にもできません!」
「君の嫌がる気持ちは分かる。だがラナちゃん、これも科学の発展のためだ」
「そんな科学なら滅びたほうがいいです」
「ええい、お願い聞いてくんなきゃ、さっきの事みんなにチグリスユーフラテスだぞ」
「それもやだあ!」
「じゃあやってみせてよぉ」
「いや〜ん、旦那の変態!」
「ええい見せろぉぉぉ!」
 ズザザザザ… バーン!
「北原あ〜っ!」
「わ〜っ、先輩!」
「ラナ君をいじめると、この私が許さん! …ぐう」

 騒ぎもようやく一段落して、僕は謎のバイトにでかけようとしていた。
「はあ… 今日はなんだか働く前から疲れちゃったよ」
「誰のせいですか。まったく」
 といいつつも、ラナちゃんはちゃんと僕のこと玄関までお見送りしてくれた。
「じゃ、行ってくるね」
「あ、旦那」
 出ていこうとした僕をラナちゃんが呼び止めた。
「その靴、錆が浮いてますよ」
「あ、ほんとだ」
 言われてみれば、靴の金具の部分にしっかりと錆が浮きでている。
「いいよ別に。安物だし」
「そんな事言わずに履きかえて下さい。私、磨いときますから」
「そう?」
 僕は共同の下駄箱から代わりの靴を出して、履いていた靴を脱いだ。
「じゃラナちゃん、お願いね」
「はい」
 ラナちゃんが僕の手から靴を受け取ろうとした時、
「あ…」
 ラナちゃんはふらっ… と僕の胸に倒れかかった。
「ラナちゃん、どうしたの?」
「…ちょっとめまいが」
「大丈夫?」
 僕はラナちゃんのおでこに手をあてようとして、あまりの熱さに手をひっこめた。
「ラナちゃん!」
 錆びた靴が玄関にころがった。

「う〜ん…」
 ラナちゃんは僕のせんべい布団に臥せったままうなされていた。
 僕と、いち早く見舞いに駆けつけてくれたマーガりんは、ラナちゃんの枕元に並んで正座していた。僕らにできる事はそれしかなかった。
「う〜ん…」
「ラナちゃん…」
「ラナりん、しっかりし。ファイトや」
「コホコホ… そうだ、今日はしいたけとニンジンの特売日だったんだ…」
「駄目だよ! ラナちゃん。起きあがったりしちゃ」
「だって、私がいながらまた旦那にカップ麺生活させるなんて… ゴホッ、ゴホッ」
「そんなん、元気になってからでええんや!」
「そうだよ。僕だってちょっとくらい料理できるんだから… そうだ、今ラナちゃん
におかゆ作ってあげるね」
「…旦那、いつもいつも済みません」
「それは言わない約束だよ」
 僕は狭い台所に立っておかゆのしたくを始めた。
「…あれ、お米ってどこだったっけ」
「…流しの下の、一番左の引出しです」
「あ、そっか… ええと、卵たまご…」
「冷蔵庫の開けたドアの一番上に… コホッ、コホッ」
「もお、リョウちゃん。おかゆさんくらいビシッと作ったらんかい」
「そんな事言ったって…」
「いいのよマーガりん」
「ごめんなラナりん。うちはこうやって見守るしかでけへんさかい」
 マーガりんはもう、いてもたってもいられない様子だった。
「ううん、いいの… お見舞いに来てくれただけで」
 咳き込みながらラナちゃんが言った。
「でもマーガりんはやっぱり帰った方がいいわ。もし私の病気がウイルスだったりしたら、マーガりんにも…」
「何言うてんねん! ほかの事やったらともかく、それがもしウイルスやってみい、もうこっちのもんや! うちが一匹いっぴきしらみつぶしに見つけ出して、この手でしばき倒したる!」
 いつの間にやらハリセンを持って、マーガりんは意気込んでいる。
「ええと… 味の素味の素…」
「リョウちゃん! 黙って料理しいや」
「うっ、ゴホゴホッ!」
「ラナりん!」
「ラナちゃん!」
 僕はすっとんでラナちゃんの枕元にひざをついた。
「旦那…」
 ラナちゃんがうつろな目で僕を見る。
「もしも… 私が生まれ代わったら…」
「何言ってるの!」
「そうしたら… 旦那とマーガりんと一緒に秋葉原で、お腹いっぱいじ○んがらラーメン食べて、そしてみんなでタッチお△さんとプリクラしたいな…」
「……」
 ウイルスが頭にまで回ってしまったのだろうか。ラナちゃんの病状は深刻だ。
「リョウちゃん… やっぱりラナりん、病院連れてった方がええんとちゃうか」
「病院じゃ駄目だよ… その代わり、僕には強い味方がいるから」
 その時、コンコン、とドアをノックする音が。
「北原!」
「ラナちゃんは!?」
「ご主人様!」
「…サティアンさん」
 やっと来てくれたか。サティアンはラナちゃんをひとめ見るなり言った。
「やっぱりだ… CPUが錆びてる」
「え、CPUが!?」
「正確には、CPUとソケットの隙間のピンの部分だな…」
 まるでF1のピットレポーターの誰かさんみたいな迅速かつ的確な判断だった。
「錆!」
 ようやく僕にも分かった。あの靴が錆びてたわけ、ラナちゃんが病気になったわけ。
「ごめんよラナちゃん。僕が海に連れてったりしたから… ラナちゃんあんなに嫌がってたのに…」
 ラナちゃんが弱々しく首を振る。
「ごめんね、ごめんね…」
「とにかくCPUの換装だ。急がないと」
「う、うん。じゃ僕、アキバ行ってくる」
 すっとんで行こうとする僕の手を小林がひっぱった。
「ちゃんとここに持ってきた」
 サティアンがポケットから包みを取り出した。さすがサティアン。
「それは… 憧れのMMX」
 サティアンが手に持っているのは、去年までのパソコンユーザーが羨望と嫉妬の眼差しで見るあのMMXペンティアム!
「でも、たしかMMXって、そのままじゃ取り付けできないんじゃないの? 電圧とか違うとかって…」
「そんなの、まかせとけよ」
 こういう時のサティアンは実に頼もしい。こういう時だけ、だけど。
「そうなんだ。じゃ、早速…」
 サティアンはすっ、と手に持ったMMXをひっこめた。
「ただというわけにはいかない」
 ちょっと待てサティアン! 人の弱みにつけこんで。
「そんな事言ったって…」
「誰もお金で払えなんて言ってない」
「…という事は」
「そういう事だ」
「分かったよ…」
 僕は観念した。
「…どうぞ、好きにしてくれ」
「誰が脱げと言った、だれが」
 分かってるよ。ラナちゃんとデートさせろと言うんだな。まだ諦めてなかったのか、しつこい奴め。
「こうなったら仕方ない…」
 僕は押入れをごそごそと探り出し、タンスの奥から紫の布にくるまれた包みを取り出した。
「…サティアン、これを持っていくがいい」
「これは?」
「…秘蔵のテレカだ」
「まさか… 例のやつか!?」
「例のやつだ」
「アレか?」
「アレだ」
「綾波か?」
「しっ! 声がでかい」
 サティアンは中身を改め、頷いた。
 商談は成立したかに見えた。
「なあ、サティアン」
「なに」
「どうせなら166MHzじゃなくて、200MHzのにしてよ」
「えっ」
「それぐらいの価値はあると思うよ」
「でも200はちょっとなあ…」
「じゃあテレカにトレーディングカード5枚つけてどうだ」
 商談を聞いていた小林がぼそっ、と言う。
「…北原、お前ほんまは金持ちなんちゃうか」
「ええいもお! そんな事より!」
 マーガりんがそんな僕らを見かねて言った。
「さっさとラナりん助けたらんかい!!」

 いろいろあったけど、サティアンの尽力のおかげでラナちゃんはすっかり元気になった。そしてその週の終わりに、僕らはみんなでラナちゃんの全快を祝ってアキバに遊びにいった。もちろんじ○んがらラーメンを食べにだ。もちろん僕のおごりだ。
「お〜いしい!」
「よかったねラナちゃん」
「うん!」
 残念な事にタッチお△さんのプリクラはもう置いてなかった。
「残念だねラナちゃん」
「旦那… ちっとも残念そうじゃない」
 それから、ちょっと遅れたけどラナちゃんの誕生日祝いも兼ねて、みんなでカラオケパーティーに突入した。僕が自分のパソコン、つまりラナちゃんを買ったのが去年の夏だったから、ラナちゃんは満一才ってわけ。
「ラナちゃん、誕生日おめでとう」
「おめでとう!」
「ありがとう」
「かんぱ〜い!」
 みんなに祝ってもらってラナちゃんはにこにこ顔だ。
「あ〜っ、いけないんだラナちゃん。未成年がお酒飲んだりしちゃ」
「だっておいしいんだもん。おかわり〜」
 みんなからの誕生日プレゼントは、『たま○っち』のCD−ROMと、マーガりんの描いたラナちゃんの似顔絵だった(これはケッサクだった)。
「わあ、ありがとうみんな」
「それから、ラナちゃんと仲良しこよしのサーバのタバサちゃんから、お祝いのメッセージが届いてるんだ」
「わあい、やったね」
 僕は祝電を読み上げた。
「ええと、なになに… "F0F0440421010404F0F0100430045304"… なんだこりゃ!?」
「マシン語じゃないか?」
 僕らにはさっぱり分からなかった。
「…言ってくれるわね、あの子」
「あははは… こらええわ!」
「なんか言ったマーガりん」
「なんでもあらへん… あははは!」
 電脳少女二人組は勝手に盛り上がってるし。
「ああ、それからね」
 法子が紙袋から包みを取り出す。
「こないだ旅行いってきたんだけど… これはラナちゃんの全快祝いね」
「おっ、『十和田湖メモリー』か」
「わ〜ん、私の大好物です」
 ラナちゃんはさっそく包みを開けた。
「お〜いしい!」
「あっ、ラナちゃん駄目じゃない。そんなにほおばって… あ〜あ、はしたない」
「らってぇ」
 口いっぱいにほおばりながらラナちゃんが言う。
「こういうのって私、二枚いっぺんじゃないと食べられないんですよぉ」
「ほ、ほんとかなあ」
 これが世に言う『ラナちゃん、メモリー2枚同時食い事件』であった。
「あとね、これは僕から。スニーカーだよ」
「ありがとう旦那… わあ、NBだ!」
「当然」
「わあ、WX321の、あ〜ん、それもパープルなの。旦那ぁ、これ欲しかったんです!」
「知ってるよ」
 ラナちゃんは目をまんまるくして驚いてる。
「なんで分かっちゃうんですか!?」
 ラナちゃん。愛は不可能を可能にするんだよ。まあ、一才の君には分かるまいが…
「はいはい、プレゼントの話はそれくらいでええやろ」
 僕のプレゼントに大喜びのラナちゃんに、男性陣はやや不機嫌気味だ。
「ほな、ラナちゃんから一言ご挨拶を」
「は〜い」
 パチパチパチ…
「え〜、このたびは皆様にご心配をおかけしてどうもすみませんでした。でもこんな私もようやく満一才。これもひとえに皆様のおかげです」
「いいぞラナちゃん」
「どんな私だ」
「そして新たに、CPUも換装して、より一層元気になっちゃいました」
 ラナちゃんはガッツポーズをとる。
「これからは、ラナちゃんMMXと呼んで下さい!」
「お〜っ」
「素晴らしい」
 やんややんやの拍手が巻きおこる(だがその後誰一人としてそんな呼び方をした人はいなかった)。
「ところで旦那」
「なになにラナちゃん」
「あのね、MMXってなんですか」
「え〜っ、ラナちゃん知らないの?」
 一同、騒然となってしまった。
「ラナちゃん。MMXっていうのは自衛隊の次期支援戦闘機の事だよ」
「何ゆ〜てんのや。MMXちゅうたら、最新テクノロジーをつこた特殊撮影の事やろ」
「嘘つけ。ホンダのスポーツカーの事だろうが」
「え〜っ、それって中期国債ファンドの事でしょ?」
「昔売ってた8ビットパソコンの事やないの」
「何!? 男と女が子孫を残すための営みではないのか?」
「もう先輩は寝てて下さい!」
「ぐう」
「へえ、そうなんだ。みなさん博学ですね」
 ラナちゃんは感心している。
「ところで… 本当はMMXってなんなんですか?」
「うっ…」
 誰も正確に答えられなかった。
「ま、まあそんなこといいじゃないラナちゃん。それより一曲歌ってよ」
「そうでした」
 ラナちゃんがマイクを握るとまるでアイドルみたいだ。
「今日はみなさんへの感謝の気持ちを込めて、私の自作の歌を歌っちゃいます」
「え〜っ、すごい」
「でもカラオケでそんなのできるの?」
「ふっふっふっ」
 どうやら僕の出番だった。
「そこがそれ、ペンティアム少女のすごいところ。ね、ラナちゃん」
「はい。ここにとりいだしたるMIDIコード。これをカラオケマシンに無理やりつ
なげて、もう片方を私に接続すると… ほ〜ら、たちまちカラオケマシンはMIDI音源に早変わり!」
「そうそう。インストゥルメントもドラムセットも自由自在、エクスクルーシブもバッチリだ!」
 しーん。
「お、おかしいな」
 僕はごちょごちょとラナちゃんに囁いた。
「予定では、ここでびっくりどっきり大反響があるはずなんだけど…」
「旦那… ひょっとしてみんな、MIDIやった事ないんじゃないですか」
「そ、そうだったのか! しまったあ〜っ!!」
「へーき、へーき」
 ラナちゃんは僕にウインクしてみせる。
「ちっともウケないその時は、歌ってごまかせエイエイオー!」
「わー、今日のラナちゃん、なんかノリノリだあ〜」
「いいぞ〜っ」
「歌えうたえ〜っ」
「それじゃ、歌っちゃいま〜す」
 七色のスポットライトを浴びて、我等がラナちゃんが歌う!
『パソコンの国からやってきたぁ〜、かわいいかわいい女の子ぉ〜』
 ただでさえ美しいラナちゃんの声が妙なる歌となって僕の耳を心地よくくすぐる。
『みんなのともだち、ラナちゃんよぉ〜』
 ん。だがどうした事だ。みんなの様子がおかしいぞ。
「う、く、苦しい」
「た、助けて…」
 そんな事はおかまいなしにラナちゃんは歌いまくる。
『なんだかとってもペンティアムぅ〜』
 僕は倒れてる小林に駆け寄った。
「どうしたんだよ」
「は、早う、あの歌を…」
「な、なんとかして〜」
「頭が割れる〜」
「あ、あかん、耳が、耳がいかれる…」
 法子も、松井も、それにマーガりんまで!
『運命のぉ〜、赤いぃ〜、あーるえすに〜さんに〜しいぃ〜』
 ラナちゃんは周囲の異変に全く気づかず歌い続ける。どうやらマイクを持ったら離さない性格らしい。
「ひ、ひいぃ〜」
「し、死ぬ〜」
『ふたりの愛はぁ〜、永久ループぅ〜』
 ラナちゃんの歌は、あろう事か、先輩の眠りまで覚ましてしまった。
「うわ〜っ、み、耳の毒だ!」
 先輩は耳を押さえてソファの上をのたうち回る。
「ラナちゃん!」
 僕はようやく気づいて、ラナちゃんからマイクを取り上げた。
「え〜、なんでですかあ。これからがいいとこなのにい…」
 不満そうなラナちゃんは、きょろきょろとあたりを見回す。
「あれ、どうしたんです、みなさん…」

 僕らは逃げるようにカラオケボックスを出た。
「はあはあ… 死ぬかと思った」
「…ごめんなさい」
 ラナちゃんはすっかりしょぼくれている。
「僕はなんともなかったけどな」
「それはお前が変… 特異体質なんだろ」
 その時、
「無理もないよ」
 声とともに、ぬっ、と現れたのは、
「あ、サティアン」
「来てたのかお前」
「全然気づかなかったぞ」
「…いいけどね、別に」
 サティアンの先祖って、きっと忍者だったに違いない。
「ところで、『無理もない』って、どういう事?」
「だってさ、人間とパソコンじゃ、持ってるリズム感が違いすぎると思うんだ」
 サティアンはもっともらしく話し始めた。
「人間の場合、リズムの基本になるのはやっぱり心臓の鼓動だろ? 落ちついた時にはスローなテンポで、興奮してる時は早いテンポっていうふうに感情とリズムがマッチしてる。それが音楽の基本だと思うんだ」
「まあ、言われてみれば…」
「だけどラナちゃんの場合、心臓にあたるCPUのクロック周波数はいつも同じ。それも人間の1Hzに比べて彼女は200MHz… やっぱりパソコンには人間の歌は理解できないんじゃないかなあ…」
「歌が分かんないって… それじゃ人の心が分からないようなもんじゃない」
「…そうかもしれない」
「サティアン!」
 詰めよろうとする僕の腕を、ラナちゃんはしっかりつかんでいた。

「ラナちゃん…」
「はい…」
 僕は布団で、ラナちゃんはシュラフで、寝苦しい夜を過ごしていた。暑さのせいではなかった。
「さっきのサティアンの言ってた事、気にする事ないよ」
「ええ…」
「あいつ、悪気はないんだよ。ただ思った事全部口に出しちゃうんだ、あいつ」
「分かってますってば…」
 だのに気になって眠れなかった。僕はもう一つ気になっていた。この布団、ラナちゃんが病気してた時に寝てたのに、なのにちっともラナちゃんのにおいがしないんだ。においのしない女の子。心臓の鼓動の聞こえない女の子。だからって、ラナちゃんに人の心が分からないかもしれないって? サティアンのやつ。
 …いや、サティアンは悪くない。あいつはラナちゃんを助けてくれた恩人だ。誰も悪い人なんかいない。僕の前に現れた女の子がちょっと普通と違ってて、それを知っていながら僕はその子を好きになった。それだけの事なんだ。
「ねえ、ラナちゃん。明日から特訓しない?」
「特訓?」
「リズム感を鍛える練習。どう?」
「はい」
 ラナちゃんは僕を見て微笑んだ。
「じゃあ旦那、明日に備えてもう寝ましょう」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
 ラナちゃん、眠れるかなあ。僕はラナちゃんをなぐさめる言葉を知らなかった。それを考えているうちにうとうとして、眠ってしまった。

 次の日、僕とラナちゃんはバッティングセンターに来ていた。
「旦那、これが特訓ですか」
「うん。リズム感を鍛えるにはちょうどいいと思うよ」
「これじゃ特訓というより遊びですね」
「いや?」
「ううん、やりましょ!」
 僕がさっそく手本を見せてあげた。
「いい? こうやってバットを持って、飛んでくるボールを打ち返せばいいんだ」
「は〜い」
「じゃ、やってみるからラナちゃん、後ろで見ててね」
 ブン! ブン! ブン! ブン! ブン!
「旦那、おつかれさま」
「い、いや、なんの…」
「豪快なスイングでしたね」
「そ、そう!?」
「私も、今みたいにやればいいんですか?」
「そ、そうだね… でもできればボールに当てた方がいいんだけど…」
「じゃ、やってみまーす」
 カキーン! カキーン! カキーン! カキーン! カキーン!
「どうでした、旦那」
「い、いいんじゃないかな…」
「でも、なんか旦那の時と音が違うような…」
「いいのいいの。ラナちゃんなかなかセンスあると思うよ」
「本当ですか! でも旦那の素振りもとっても美しいです」
「…ラナちゃん、わざと言ってない?」
「はあ!?」
 ラナちゃんはすっかりバッティングセンターが気に入ってしまった。
「ねえねえ旦那、『野茂さんのボール』、打っちゃいましたよ」
「すごいねラナちゃん」
「でも旦那の素振りも綺麗です」
「…ラナちゃん、わざと言ってるね」
「なんの事です!?」
 ラナちゃんはホームラン賞の景品を、僕はむなしさをお土産に、バッティングセンターをあとにした……

「ラナちゃんって、きっとリズム感はあるんだよ」
「そうですか」
「きっと問題は音感だね」
「音感、ですか」
「というわけで、音感を練習してみよう」
 僕とラナちゃんは都心の大きな楽器屋さんに来ていた。
「ラナちゃん、これは?」
 僕は売り場のピアノの『ド』の音を叩いた。
「『ド』、ですか」
「あたり。じゃ、これは?」
「『ミ』」
「じゃ、これ」
「『ラ』ですね」
「おしい、『ソ』だよ」
「いいえ、やっぱり『ラ』です」
「ううん、『ソ』だってば。やっぱりラナちゃん、音感に問題ありだね…」
 といいつつよく指を見ると、僕の指はしっかり『ラ』を叩いていた。
「は、はは… いや〜、実は僕、楽器なんて弾けないから」
「でもピアノって楽しそう… ちょっと触ってみようかな」
 うわ〜、むさくるしい僕なんかと違ってラナちゃんがピアノに触れると、それだけで絵になるなあ。
「これが楽譜ですね… 旦那、この『#』はなんなんですか」
「これはシャープっていって、半音上げるんだよ。で、これはフラットっていって、
半音さげるの」
「ふうん… シャープの反対はアスタリスクじゃないんだ」
「そ、そうだね…」
「じゃ、ちょっと弾いてみよっと」
 そういってラナちゃんは『ちょっと』弾きはじめた。リストの『超絶技巧練習曲』を、いきなり、初見で、ミスタッチなしで。
 僕もお客も店の人も、口をあんぐりあけていた……

 その日は天気があやしかったから、僕らは早めに家に戻っていた。
「おかしいなあ… ラナちゃんって音楽的素質、ばっちりじゃないの?」
「そうですか?」
 二人して窓ぎわに座って、ときおり外を振り向いてた。今日の空は低かった。
「きっと、あいつらの方が音楽のセンスなかったんだよ」
「ふふっ… そんな事ないと思いますけど」
 ラナちゃんは笑っていった。
「でも私、自分にリズム感があるとかないとか、本当はどっちでもいいんです」
「そうなの?」
「私は旦那のお役にたてれば、それでいいから」
「でも… もったいないよ。ラナちゃん、あんなにいろいろ才能あるのに」
「旦那ったら、おだて上手なんだから」
「本当だよ… もしさ、ラナちゃんが本当にやりたい事があったら、遠慮なく言って。僕、できるだけ協力するから」
「私の… やりたい事!?」
 ラナちゃんは、夢でもみてるような表情だった。
「なんかある?」
「…でも、それやっちゃうと、取り返しのつかない事になっちゃうから」
「えっ、なになにそれ?」
「それは…」
「うんうん」
「…ないしょ」
「もう、ラナちゃんそればっかり」
 その時ラナちゃんはビクンとおびえるような表情をした。
「どうしたの?」
 と、外からかすかに、『ゴロゴロ…』というあの音が聞こえてきた。
 ラナちゃんは異様に雷に敏感だった。そして異常に怖がった。無理もない。ラナちゃんの場合は無停電電源装置があるから多少の電圧の変化くらいは耐えられるけれど、落雷の直撃が電源を伝わってきたら、もうひとたまりもない。
 僕はラナちゃんのアンビリカル・ケーブルを引っこ抜いた。
「もう安心だよ」
 だけどラナちゃんは子供のように震えていた。
「怖いの」
 ラナちゃんは自分から、僕の胸に顔を埋めてきた。僕は恋人というよりも娘を持った父親の気分だった。僕はラナちゃんの頭を抱えるようにした。
「もう怖くないよ」
「うん…」
 その時、窓の外に稲光りが走った。
 ラナちゃんはギュッと僕にしがみついた。
 ゴロゴロ… という音は次第に絶え間なくなってきた。
「旦那は… 怖くないの」
「うん。怖くない」
 ラナちゃんはまるでリスみたいに小さくまるまって震えていた。
「窓、閉めようか」
 僕が立ち上がろうとすると、ラナちゃんの手が僕のジーンズの裾を掴んで放さなかった。どこにも行かないでって、手が訴えていた。
 突然、シャワーを全開にしたみたいな雨が派手な音をたてて降りだした。
「雨、早くあがるといいね」
「うん… ううん」
 しばらくしてラナちゃんは言い足した。
「…このままでいたい」
「じゃ、このままでいようか」
「うん…」
「でも… ずっとこのままだと、ラナちゃんの電源、切れちゃうね」
「それでもいい…」
 僕はラナちゃんの顔、見れなかった。今見たら、引き返せなくなると思った。
 開け放した窓から吹き込む雨が、僕とラナちゃんを濡らしていた。二人とも金縛りにあったみたいに濡れるままになっていた。
「あ…」
 ラナちゃんが小さく声をあげた。
「心臓の音…」
 ラナちゃんがぴったりと僕の胸に耳を寄せてくる。自分でもドクンドクンといってるのが分かるくらいだった。
「旦那の、心の音だ…」
「そんなんじゃないよ」
 こんなの心の音なんかじゃない。心臓なんかなくたって人いちばい優しい心を持ってる女の子が、今僕のそばにいるじゃない。
「旦那…」
「なに?」
「旦那の心、少しもらっていいですか」
「…どうやって?」
「こうやって」
 ラナちゃんは僕の胸で安らかに目を閉じた。
「いいよ」
「ありがとう旦那」
 雨は当分、止みそうになかった。
 僕も、しばらくこのままでいいと思った。

 僕らはまたみんなでカラオケに行った。ラナちゃんがまたマイクを持って歌ってる。
「うまいがな、ラナちゃん」
「小林、そのイヤープラグはなんだ」
「え、いや、これはやな… 今向こうで流行ってるんや」
「向こうって大阪か」
「でもご主人様、今日は大丈夫や。ラナりん、歌うまなったわ」
 歌いおえたラナちゃんは拍手で迎えられた。
「ラナちゃん。できるじゃない」
「やっぱ、僕との特訓の成果かな」
「なにそれ」
「それもありますけど…」
 とラナちゃん。
「実はこの前、旦那の心臓の鼓動、WAVファイルに採らせてもらったから」
 ゲ〜ッ! さてはあの雷の時にラナちゃん…
「エ、エグい…」
「ラナちゃんやめとき… アホがうつるで」
「もう手遅れちゃうか」
「それにしても… どうやって採ったんだ?」
「そういえば…」
 みんながジト〜ッ、と僕を見る。
「北原〜っ!」
「ご、誤解です!」
 図星だけど。
「でもさあ、なんで北原の心臓の音で、ラナちゃんが歌うまくなるんだ?」
「それも謎だ…」
「あのさあ… 思ったんだけど」
 と法子が言う。
「あの時、ラナちゃんお酒飲んで酔っぱらってたから、それでロレツが回らなかった
だけなんじゃないの?」
「…あ、そうか」
「な〜んだ」
「誰だよ! 心臓の周波数がどうとか言ってたのは」
「ご、ごめん…」
「来てたのかサティアン」
「全然気づかなかったぞ」
「ねえねえ… じゃ、僕だけラナちゃんの歌聞いて平気だったのはなんでだろ」
「北原君は、ただの音痴でしょ」
 ガーン、ガーン、ガーン!
 夜は更けていった……

(続く)


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