「三人の姫さま」
(1)


 参道の両脇を賑わせる桜の花は、今がまっ盛り。
 夕べの雨にも負けず、露を残した花びらは木漏れ日を浴びてキラキラと輝いている。

(また、今年も桜が見られた)

 思わず立ち止まらずにいられない花々を見上げて、コメットは春の日差しに目を細めた。

「コメットさん」

 並んで歩く景太朗パパが優しく声をかける。

「ちょっと急がないとね」
「はい」

 いつもは脇道から入るこの道を、今日はパパと二人で正面から歩いていく。
 段葛の両脇に植えられた桜並木は、まるで薄桃色のトンネルのよう。

「たまにはいいだろ、こうしてパパと二人でデートなんてのも」
「はい」
「ははは、冗談じょうだん。今のはママには内緒だよ」

 パパに誘われるままについてきたコメット。でも、どうやらただのお花見じゃないみたい。

「ママも来れたらよかったんですけど」
「うん、ママは用事があるって言ってたけど…」

 コメットの言葉にパパが表情を曇らせる。

「ほんとは、来たくなかったんじゃないかな」
「どうして?」
「これから行くところは神社だろ」
「はい」
「ママはそういう所に行くと『見える』んだって」

 パパは子供を驚かすようなおっかない顔をしてみせる。

「見える?」

 きょとんとした顔でコメットが尋ねる。

「何がです?」
「うん、それはね…」

 パパはコメットさんに幽霊の説明をしようとして、それが至難の業だと気づいた。

「それはないしょ」
「ええっ」

 少し残念そうなコメット。

「じゃあ今日は、神社で何があるんですか?」
「それもないしょ。着いてからのお楽しみ」
「わあ」

 そういえば今日はいつにも増して観光客が多い。参道の突き当たりの大きな鳥居の前にたどり着いた頃にはもう、あふれんばかりの人だかり。
 信号が変わり、パパもコメットも人波に呑まれるように大鳥居をくぐっていく。

「はぐれないようにね」
「はい」

 コメットはキュッとパパの手を掴む。

「なんだか、コンサートに来たみたいですね」
「コンサートか。コメットさんの言うとおりかもな」

 コメットの言葉にパパが頷く。

「今日はね、年に一度の特別な日なんだ」
「特別?」

 そういえば。
 パパがいつものちょっとだらしないシャツじゃなくて、キリッとしたジャケットを着てることに、改めてコメットは気づいた。
 思わず、自分のオレンジ色の普段着を見返してみる。

「今日はね、見せてあげたかったんだ」
「え」
「コメットさんのまだ知らない、この町のいいところ」

 コメットは首を傾げてパパを見上げる。

「コメットさんに、もっともっとこの町を好きになってほしいから」
「ありがとう」

 なぜかはにかむ景太朗パパにコメットは言い足した。

「パパは、この町が好きなんですね」

 当然、というようにパパは胸をはった。
 コメットはなんだかうきうきを抑えられなくなって、境内の石畳をわざと外れて玉砂利をぎゅぎゅっと踏みしめていった。

「おっ、見えてきたぞ」

 晴れ渡った空の下、緑に囲まれた大きな社が見えてくる。
 コメットも何度となく通ったその社は、いつもの静けさが嘘のように賑わっていた。




「やれやれ、なんとか間に合った」

 どうにか観覧場所を確保して、パパはふう、とため息をつく。

「つよしとねねも連れて来たかったんだけど」
「これじゃちょっと無理みたいですね」

 舞台を囲む鈴なりの人のなか、コメットはひょいと頭を出してあたりを見回した。
 見慣れない垂れ幕、見慣れない楽器、見慣れない古風ないでたちの神官たち。
 「舞殿」と呼ばれる舞台の上は、普段コメットが目にしたことのないいろいろが詰まっていた。

「何が始まるんだろ」
「今日はね、ここの八幡様に舞を奉納する日なんだよ」
「そうなんだ」

 よくわからないながらもパパの説明に頷くコメット。

(なんだか星国の収穫祭みたいだボ)

 ティンクルスターを揺らせてラバボーがささやく。

(うん、そんな感じだね。楽しそう)

 そういえば…
 さっき気になったこと、コメットはそっとティンクルスターに話しかける。

(さっき、パパがね、「ママには『見える』」って。なにが見えるんだろ?)
(わかんないボ。でもボーもちょっと見てみたいボ)
(わたしも)

「さあ、始まるぞ」

 パパの声にコメットが舞台を見上げる。
 舞台の前にやってきた年配の神官がしずしずと壇上に上がる。そして、

「おお…」

 観衆のざわめきがひときわ大きくなる。
 神官に導かれ、この日の主役が姿を現したのだ。
 白い装束に赤い袴、頭には烏帽子、腰に太刀を差した男装の麗人のいでたち。
 「白拍子」と呼ばれる舞姫のあでやかな姿に、観客からため息混じりの歓声があがる。

「姫さま姫さま」

 ラバボーがピョコンと顔を出す。

「ラバボーも見たくなった? いいよ、そっとね」
「お〜、感じるボ。感じるボ」
「うん。あの人、輝いてる」

 ラバボーは落ちつかない様子であたりをキョロキョロ見回す。

「なあに?」
「たしかにあの人にも輝きは感じるけど… でも、なんか違うんだボ」

 コメットもつられてあたりを見渡す。

「別の輝き?」
「よくわかんないボ」
「あ…」

 その時確かに不思議な気配を感じてコメットは顔をあげた。

「姫さま」
「うん」

 観衆が一心に舞台をみつめるなか、コメットとラバボーは息を殺してその気配を追った。
 町のシンボルの大イチョウ、山上の本殿に続く階段、その隣のこじんまりとした社…
 その御社の渡り廊下に、ひとりの女の人が腰かけていた。
 舞台に立つ舞姫の姿にも少し似た、けれどそれよりずっと華やかな衣に身を包んで。
 幾重にもまとった色とりどりの絹の衣。その上に羽織ったまばゆい真紅の衣に、墨を流したような長い黒髪が映える。
 折しも一陣の風が、舞い散る桜の吹雪を連れてその髪をなびかせていく。
 コメットとラバボーは、ただ息をのんでその幻想的な光景を見つめていた。
 舞台を眺めるともなく眺めていたその人は、二人の視線に気づいたのか、ふっ、とこちらを振り向いた。
 少女の面影を残した彼女は、自分を見つめるコメットに少し驚いたようにみえた。

「どうしたの、コメットさん」

 パパの指がコメットの肩をつんつんする。

「踊り、始まってるよ」
「あ」

 舞台では扇を手にした舞姫が古のうたをうたい始めた。

 〜よしのやま みねの白雪ふみわけて 入りにし人のあとぞ恋しき〜

 境内に響く稟とした歌声に、観衆が固唾を呑んで見守る。
 衣擦れの音まで聞こえるような張り詰めた静寂があたりを包む。
 けれど、その時。
 はっきりとコメットは聞いた。

「違う」

 聞こえるはずのないその声にコメットは振り向く。
 彼女は長い髪をなびかせて立ち上がり、そっとつぶやいた。

「これではない」

 そう言い残すと彼女は、ほんの一瞬コメットと視線をあわせたかと思うと、社の奥へと消えていった。

「…姫さま」

 その姿が消えたあともコメットはまだ、彼女の面影をみつめていた。
 彼女の事が、去り際に見せたどこか寂しげな表情が、なぜだかとても気になって。


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