「三人の姫さま」
(2)

 
 あの日たどった参道の玉砂利を、コメットはまた踏みしめていく。
 あの時の不思議な光景が忘れられなくて。あの時抱いた不思議な気持ち、思い返して。
 もう一度、あの人に会ってみたくて。
 あれから何度か訪ねてはみたけれど、そのたび季節は表情を変えて今はまた一巡り。
 あの時賑わった境内も、早朝の今はまだひっそりとして、鳥のさえずりと巫女さんたちが掃き清める竹箒の音ばかり。
 ほのかな期待を込めてコメットは、舞殿の奥にひっそり建つ御社にそっと目をやる。
 やっぱり、今日もあの人はいない。

「それでも、いいよね」

 コメットは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「だって朝の空気、こんなに気持ちいいんだもん。ね、ラバボー」

(う〜ん… まだ寝かせてだボ)

「あらら、今日はラバボーがお寝坊さん?」

 仕方がないからコメットはラバボーのぶんまで、空に向かってう〜んと背伸びした。
 今朝もあの日と同じ、雲一つない抜けるような青空。
 けれど、去年まで町を見守り続けてきた大イチョウの姿は、もうそこにはない。
 そこにあるのは大イチョウの命を受け継いだちっちゃな新芽と、それを守る柵だけ。
 ぽっかり空いたその一角の前に佇み、嵐に倒れた巨木を偲んで、コメットはそっと目を閉じ心に残るその姿を思い描いた。

 〜さわさわ さわさわ 〜

(…あれ?)

 大イチョウの風にそよぐ声が聞こえてくる気がした。
 ひょっとして、若い苗たちのおしゃべりが聞こえたのかな。
 そう思うと心が安らぎ、コメットはいつも大イチョウにしていたようにあいさつする。

「おはようございま…」

 言いかけて、コメットは息をのんだ。

(どしたんだボ?)

 眠い目をこすり顔を出したラバボーも、コメットの視線を追いポカンと口を開けた。
 目の前の柵の中に、新芽を慈しむようにしゃがみこむ人影がいた。
 あの時と同じように、艶やかな衣装に身を包んだあの人が。
 違っていたのは新緑のような春色の重ね着と、あの時見せなかった穏やかな表情。
 彼女は二人の視線に気づき、立ち上がった。
 舞殿の屋根に翼を休める鳩たちがただならぬ気配を感じて一斉に羽ばたき、空に舞い、青空に白く大きな円を描いていく。
 コメットを見つめる彼女が口を開いた。

「わらわが… 見えるのか?」
「え?」
「そなた、わらわの声が届くのか?」
「そなた? わらわ?」

 言葉がわからず戸惑うコメットにラバボーが助け船を出す。

「姫さま姫さま、『そなた』っていうのは『あなた』、『わらわ』は『わたし』ってことだボ」
「そうなんだ」
「この国の昔の言葉だボ。テレビの戦国ドラマでやってたボ」

 二人の会話を、彼女は不思議そうにみつめた。

「今まで気づいた者はおらぬのに」

 彼女は黒髪をさらりと揺らせて首を傾げた。

「なぜじゃ」
「なぜって言われても、わからないけど…」

 戸惑いながらも、コメットは笑顔でこたえる。

「でも、お話しできないより、こうしてお話しできるほうがいいでしょ?」

 コメットの言葉に、彼女は微笑みを浮かべた。
 それを合図とばかりにコメットは、垣根を飛び越え駆け寄った。

「わたしは… じゃなくて。え〜と」

 唇に指を当て、コメットは言い足した。

「わらわはコメットじゃ」
「そしてお供のラバボーじゃ」

 乏しい知識を総動員して名乗るふたりを見て、彼女に笑みがこぼれる。

「わらわは… ううん。私は、大姫」
「おおひめ、さん?」
「じゃあ、あなたも姫さまなのかボ」

 問いに答えるかわりに、彼女は石段を見上げた。
 コメットもラバボーも、つられて仰ぎ見る。

「もう、ずっと昔の事よ」

 石段の上にそびえる華やかな本宮を見つめて、彼女はつぶやいた。




 出会った場所からほど近い池のほとりに、コメットと大姫は佇んでいた。もちろんラバボーも一緒に。

「さっき、その子が『姫』と呼んでいたけれど」

 言葉で手探りするようにおずおずと大姫が尋ねる。

「あなたも姫君なの?」
「はい」

 ナイショのはずの事だけど、でもこの人なら話していいかも。
 そんな気がしてコメットは頷いた。

「コメットさまはハモニカ星国の王女様なのですじゃ」
「はもにか!? 聞いたことないけれど… 遠い異国のことかしら」
「信じてもらえます?」
「ええ、信じるわ」

 彼女はにっこり頷いた。

「だって、とっても素敵だもの」

 池に迫り出す桜の木々が織りなす花模様を、惜しみなく散る花びらの舞を、時間も忘れて二人の姫さまはただ眺めていた。

「さっき見ていたイチョウの木…」

 しばらくして大姫が口を開いた。

「あれは、元は私たちが植えたものなの」
「大姫さんが?」
「みんなでね、私たち一族がこの地で繁栄しますように… そう願って」

 大姫が見つめる池の先の小島には、無数の白旗がはためいてみえる。

「ちょうど今見た新芽くらいの頃、妹や弟と一緒に願いを込めたの。『大きくなあれ、大きくなあれ』って」

 コメットとラバボーは顔を見合わせた。

「同じだ」
「同じだボ」
「同じ?」
「うん。ちっちゃな頃やってた星あそびと同じ。『星の子たち、大きくなあれ』って」
「姫さまは星あそびに夢中で飽きる事を知らなかったボ」

 大姫は子供のように瞳を輝かせる。

「星あそび!? 楽しそうね」
「大姫さんなら、きっと好きになるよ」

 会ったばかりの大姫に、コメットは自信たっぷりに言った。

「大姫さんたちの思いをもらって、それであのイチョウはあんなに大きく育ったんだね」
「あの木のことを、町の人が今もあんなに思ってくれて、とても嬉しかった」
「うん」
「新しい芽が芽吹いて、本当によかったわ」
「あれは姫さまが星力を使ったんだボ」
「ラバボー」

 おしゃべりラバボーにコメットが釘をさす。

「ほしぢから?」
「あ、うん、えと、その…」

 しどろもどろにコメットは説明する。

「星の子たちの力を借りたの。イチョウさん元気になって、って」
「星に、そんな力があるの?」
「あるよ。でも星の力だけじゃダメなの。イチョウさんにその気持ちがあれば」

 大姫はまばたきも忘れてコメットの話に耳を傾ける。

「それに町の人の思いも伝わって、それからメテオさんも手伝ってくれたし。きっと、それでまた芽が出て元気になったの」
「そうだったの…」

 大姫はコメットをみつめて言った。

「ありがとう」

 そう言って、大姫はコメットの手をとる。
 けれどその手はむなしく、コメットの手をすり抜けていった。

「あ…」
「ごめんなさい」

 大姫は慌てて手をひっこめる。

「驚かせちゃった。時々忘れちゃうの… 自分がもうこの世の人じゃないってこと」

 そういって大姫は寂しく微笑んだ。
 なんだろ、このもやもやっとした感じ。なんだかじっとしていられない感じ。

「ねえ、大姫さん」

 うつむく大姫にコメットは思わず声をかける。

「あのね。大姫さんに身体がないのなら、今だけ作ってみない?」

 大姫が顔を上げ、まじまじとコメットを見つめる。

「わあ姫さま、いつもながら大胆だボ」
「だって」

 大姫さんの笑顔、とっても素敵だから。
 だから、もっともっとその笑顔、見ていたいから。

「できるの、そんな事?」
「できるよ」

 コクリとコメットは頷く。

「もしも大姫さんがのぞむなら」
「……」

 コメットのまぶしい笑顔から目をそむける大姫。
 水面にコメットとラバボーの笑顔が映っている。けれどそこに大姫は映らない。
 大姫はコメットの目を見つめて言った。

「コメットさん。お願い」
「は〜い」

 コメットは大きくにっこり頷いて、手を後ろ手に回した。

「バトン使うの、久しぶり」
「姫さま、大丈夫かボ」
「まかせてっ」

 クルクルポンっ!
 手にしたバトンを勢いよく回し、コメットは呪文を唱えた。

「エトワール☆」

 たちまち大姫の身体が白い煙に包まれる。

「きゃっ」

 煙が晴れ、驚いた大姫は自分の身体のあちこちを見回す。

「特に… 変わったようには見えないけれど」
「大丈夫」

 と、そこに通りかかった巫女さんたちが奇声をあげる。

「ひとが現れた!?」
「ええ、何もないところからボワン、と。ほらそこに」

 巫女さんが驚いた顔で大姫を指さしてるのを見て、コメットは安心する。

「ほら、大姫さん。ちゃんと見えてるよ」
(って姫さま、人前で星力使っちゃ)
「そうだった!」
「ちょっとあなたたち、今のは一体!?」

 駆けつけてきた巫女さんたちに、コメットはしどろもどろに説明する。

「あ、あの、今のはですね。今のは…」

 どぎまぎしてそう言いながら、コメットは大姫の手を取った。

「大姫さん、逃げよ」

 彼女にそう囁くとコメットは一目散に駆けて行く。
 あまりのすばやさに、巫女さんたちはただ見送るばかり。

「なんだったんでしょ」
「ねえ。今、あの子『大姫』って言ってなかった?」
「大姫… まさか!?」


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