「三人の姫さま」
(3)


「ふう、ふう…」

 得意の脚力でコメットはなんとか物陰に逃げ込んだ。

「はあ、はあ…」

 手をひかれて必死についてきた大姫も、大きく息をつく。

「大丈夫?」
「こんなに、走ったの、子供の頃以来…」

 興奮した声で大姫は答えた。

「姫さま。だから人前で星力はまずいって何度言ったらわかるんだボ」
「そんなこと言ったって」
「コメットさん」

 大姫のうわずった声にコメットは振り向く。

「ほら」

 そう言って、大姫はコメットとつないだままの手を高く掲げる。

「うん。だから言ったで…」

 コメットの言葉は抱きついてきた大姫に遮られた。

「ありがとう」
「よかった。気に入ってくれて」
「く、苦しいボ」

 と言いつつ二人の姫さまに挟まれたラバボーはまんざらでもない様子。

「あったかい。コメットさんも、ラバボーも」
「ふふふ…」

 けれど安心したのも束の間。巫女さんや若い神職たちがぞろぞろとやってきた。

「本当よ、大姫さまの霊が」
「まさか」

 コメットと大姫は茂みに身を隠し、一同が大姫の噂をしながら通りすぎていくのをやりすごした。

「大姫さんって… ひょっとして有名人なのかボ?」
「よくわからないけど」
「でも、その恰好じゃ目立っちゃうね」

 コメットがそう言うと、待ってましたとばかりに声がする。

「姫さま姫さま」
「あ、ヌイビトさん」

 光を連れて現れたのは、ご存じ三人のヌイビトたち。

「こういう時こそ」
「私たちの出番」
「ヌイヌイしますの〜☆」

 ヌイビトたちはそう言って大姫に深々とお辞儀をした。

「まあ、可愛い子がいっぱい」
「ヌイビトさんだよ。大姫さんの服、縫いに来てくれたんだね」
「はいですの☆」

 三人は声を揃えて元気よく返事した。

「じゃあ、わたしみたいな感じでお願いね」
「え、ちょっと待って」

 けれど肝心の大姫は困り顔。

「私には、その服はちょっと…」

 コメットの丈の短いスカートに、大姫はもじもじする。

「ははあ。姫さまのコスチュームは大姫さんには刺激強すぎなんだボ」
「う〜ん、時には冒険もいいと思うんだけどな。じゃ、どんなのにする?」
「どんなのって… あ、あの方」

 大姫は、折よくそばを通りかかった少女に目をとめた。

「あの楚々としておしとやかな方。あの方の着ているような感じなら」

 言われてコメットとラバボーもその少女を振り向き、ビミョーな顔をした。

「う〜ん… おしとやかといえば、おしとやか、かな」
「どちらかというと『ババむさい』だボ」

 大姫いわく「おしとやか」な令嬢は、物陰に隠れるコメットたちを目ざとく見つけて近寄ってきた。

「あ〜らあらあら」
「お、おはよう、メテオさん」
「まあまあ。星国の王女ともあろうお方が、朝っぱらからそんなところでかくれんぼ? よほどおヒマなのかしらったらなのかしら?」

 なにやら意味不明の優越感に浸り、メテオは朝から上機嫌。

「今ね、メテオさんの服が素敵だって言ってたの」

 メテオの顔がにんまりと勝利の笑みに変わる。

「ほ、ほほほ、ほほほほほ! 何を当然の事言っちゃってるのかしら?」
「そんなわけで、ちょっとごめんね」
「な、なにするのコメットモゴゴゴ…」
「悪いけど急ぎなの。ヌイビトさんたち、メテオさんの服をはかって」
「ええっ!?」
「こんな服をヌイヌイするのは」
「ヌイビトのプライドが許しませんの」
「モゴゴゴ!」
「いいから、やっちゃって」
「は、はいですの」
「姫さまのためなら」
「センスの悪い服でも」
「モゴゴ〜!」
「それなりにヌイヌイしますの〜!」

 ヌイビトたちはプロの意地で、輝く光の束となってメテオの服を測りはじめた。




「ムーク、お前のセンサーが何かを捕らえたというから出向いたのに」

 町の中心から一歩外れたうら寂しい一角。
 そこを散策するメテオが、不機嫌そうにムークに愚痴る。

「まったくひどい目にあったわ」
「はあ。しかし、姫さまの服のセンスを気にいるとは奇特な人もいたもので」
「何か言って?」
「いえ何も」

 道端の石ころを蹴飛ばすが、そのくらいでメテオの気は晴れはしない。

「だいたい、特別な輝きを持った者なんかいなかったじゃないの」
「輝きとは申しておりません。ただ、匂ったのです。はい」
「ふん、相変わらず口だけは達者ね」

 そう言いつつメテオも鼻をひくひくさせてみる。

「その、コメットさまと一緒におられた方というのは?」
「ちょっと変わった人ね。特別輝きは感じなかったわよ… たしか『大姫』とか言ってたわね」
「はて、どこかで聞いたことのあるような…」

 メテオはうんざりした様子で肩をすくめる。

「ひとつ言えるのはね、わざわざ出かけて損したってこと。帰るわよムーク」
「天気もよろしいし、せっかくですからしばし散策を楽しんでは」
「お前は何年わたくしの侍従をしているの? テレビショッピングが始まっちゃうでしょ!」

 メテオが急いで帰ろうとバトンを取り出すと、どこからともなく声がした。

「娘よ」

 メテオとムークはあたりを見回す。

「ムーク、何か言った?」
「いえ、わたしめは何も」

 ただならぬ気配に、メテオは手にしたバトンを構える。

「誰なの?」

 突き当たりの路地、傍らの末寺、山肌に沿った小さな階段、花咲く里山…
 見回しても誰一人、そこにいる様子もない。

「姫さま、この気配は」

 ムークの言葉にメテオも頷く。

「ええ。お前じゃなくてもビンビンに感じるわ」

 道端でエサをあさっていたカラスたちさえその気配に恐れをなして顔を上げ、不安げな鳴き声を放ち、逃げ場を求めて空に舞う。
 その一群が去り、誰もいなかった階段の中ほどに一人の男が立っていた。
 古風な貴族の出で立ちをしたその男の威圧感に、メテオは思わず後ずさりする。
 ムークはけなげにも主人をかばうように立ちはだかり声をあげた。

「何者か」

 男が顔を上げる。初老といっていいその男の顔だちには、有無をも言わせぬ存在感が漂っていた。

「娘よ。今しがた、大姫の名を口にしたか」

 柔らかい口調だが、その眼差しは射抜くように鋭い。

「緑の髪の娘よ。我が姿が見え、声が聞こえるならば… 教えてほしい。大姫は、娘は今どこにいるのか」




 その頃コメットと大姫は、観光客で賑わう商店街を散策していた。

「はいこれ」

 買ってきたソフトクリームを差し出すコメット。

「食べてみて、おいしいよ」

 食べ物にはみえない紫色のクリームに、大姫はこわごわ口をつける。

「ひゃっ」

 コメットもラバボーも、そんな大姫をみつめてる。

「冷たくて… でも、とってもおいしい!」

 ねっ、と頷くコメット。

「わたしも地球に来て初めてこれ食べた時、おいしくてびっくりしちゃったの。だから大姫さんにも絶対食べてもらおうって」
「コメットさんの分は?」
「わたしはいつでも食べれるもの」

 財布の中身は、大姫さんにはナイショ。

「じゃ、二人で食べましょ」

 二人は軒先の椅子に並んで腰掛け、人通りの多い町並みを眺めながらソフトクリームに舌鼓をうった。

「これ、天上にも持って行けたらいいのに」
「無理だボ。溶けちゃうボ」
「食べさせてあげたい人がいるの?」

 聞かれて大姫は少し顔を赤らめた。

「なんていう人?」
「…義高さま」
「よしたかさん?」
「おお、大姫さんからほんわか恋力を感じるボ」
「そうなんだ。じゃあ、義高さんもここに連れてきたら?」
「そうね、また今度」

 大姫は微笑んで空を見上げた。

「今日は、地上でみんなを眺めてた時にやってみたいって思ったこと、いっぱい叶っちゃった」
「何言ってるの? まだまだこれからだよ」

 コメットは目をキラキラさせる。

「さ、次は何しよっか」
「姫さま姫さま」
「ん? ラバボー、何かいいこと思いついた?」
「そうじゃないんだボ」

 困った顔でラバボーは言う。

「すっかり忘れてたけど… 姫さま、さやかママに洗濯物頼まれてなかった?」
「ん… あ〜っ!」
「やっぱり」

 大慌てのコメットに、不思議そうな顔をする大姫だった。




 大姫の父という男に問われ、メテオは答える。

「教えない… と言ったら?」
「ほう」

 乾いた笑みを浮かべる男に、メテオは気丈にも言い放つ。

「わたくしは人に指図されるのが嫌いなの。それが誰であろうとよ」

 おろおろするムークを尻目に、二人は視線をそらさずにらみ合う。

「そなたもまた高貴な家の者のようだ。ならばわかるであろう」
「なんのこと?」
「人の上に立つ者が軽率な真似をするべきではないということをだ。なのに大姫は…」

 男の表情に、父の苦悩がかいま見えた。

「娘は何度となく下界に降りては町を眺めておる。もはやこの世の者ではないというに」

 うすうす勘づいてはいたけれど… では、この男もこの世の者ではないのね。
 メテオは内心の驚きを隠して言った。

「誰にも気づかれないならいいんじゃないの。わたくしは用があるの、失礼するわ」

 ぷい、と横を向き行ってしまおうとするメテオ。

「部下の話では… 何者かが妖しげな術を使い、娘を現世に戻したというのだ」

 メテオは足を止める。
 それじゃ、さっきのあの人は…
 道理で何も感じなかったわけだわ。

「そんな事を許してはあの世とこの世の秩序が保てん」
「それはもっともですな」

 ムークもその言葉にふむふむと頷く。

「誰よ、そんな事をしでかしたのは」

 内心の見当をつけつつ、メテオは尋ねた。

「まさか、わたくしと同い年くらいのピンク色の髪の娘じゃないでしょうね」
「おお、存じておったか」

 やっぱりコメット。まったく、なんてことしてくれるの。

「いいわ。協力しましょう」


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