「三人の姫さま」
(4)


 物干し台から見える裏山の木々も、今はもうすっかり緑に色づいて。
 洗濯物を干す手を休め、さやかママは雲ひとつない空を見上げた。

「いい天気」

 潮の薫りの仄かに残るパパのシャツが風を受けてはためいている。
 今日は絶好の洗濯日和。けど、それに比べてママの表情はいくぶん曇りぎみ。

「悪い子じゃないんだけどね…」

 ママがため息をつくわけは、どうやらあの子のせいらしい。

「約束ごとは守らないとね、小さな子供じゃないんだし」

 ママは腕組みしてなにやら自分に言い聞かせている様子だ。

「私がガツンと言ってあげないと。それがあの子のためだもの、うん」

 ママが決心を固めたその時、ウッドデッキからドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。

「よし」

 ママはガッツポーズで気合を入れた。


 ウッドデッキにポッカリと星のトンネルが開き、コメットが転がり出てくる。

「大姫さん、ちょっと待ってて」

 初めてづくしの体験にあたりを見回す大姫と、そんな大姫に抱かれたラバボーに言い残して、コメットは縁側に猛ダッシュする。
 靴を脱ぐのももどかしく廊下を駆けていこうとすると、

「コメットさん」

 そこには腕組みしたママが立ちはだかっていた。

「あ、ママ」

 コメットの屈託ない笑顔に、ともすればほころびそうになる顔をグッとこらえ、ママはせいいっぱいのふくれっつらをしてみせる。

「頼んでおいた洗濯物、私が干しておいたわよ」
「あ…」
「おかげで『ホンのきもちや』は臨時休業」
「…すみません」

 本当に申し訳なさそうなコメットの表情に、

「あ、うそうそ。今日はね、どのみちお店の模様替えするつもりだったのよ」

 こうしていつものごとく、ママの鉄の意思はあっさり崩れるのだった。

「そうだ。模様替え、コメットさんも手伝ってくれると嬉しいな」
「あ、はい。えっと、でも…」

 いつになく、しどろもどろなコメット。
 その答えを探して、ママはコメットの駆けてきたウッドデッキに視線を移す。
 そこには見知らぬ人影が。どうやら生返事の理由はあの人らしい。

「あら、お客さん?」
「新しいお友だちです」

 ママは思わず苦笑する。

「コメットさんは、人と仲よしになる名人ね」

 ママがサンダルをつっかけて庭に出ると、大姫は丁寧にお辞儀をした。

「はじめまして」
「こちらこそ。ゆっくりしてってね」

 けれど顔をあげた大姫を見るなり、

「あなたは…」

 ママの表情が曇った。

「コメットさん、どこでこの人と?」
「神社の、境内です」

 なんだろう。悪い人ではなさそうだけど、ただならぬ気配を感じる…

「あの、お名前は?」

 言いよどむ大姫にかわってコメットがすすっと答えた。

「大姫さんです」
「大姫!?」

 ママは大姫の足元に視線を移し、息をのんだ。

「コメットさん… その人から離れて」
「え」
「いいえ、人じゃないわ。彼女は亡霊よ」
「でも…」
「見てごらんなさい。その人、影がないでしょ」
「!」

 コメットも大姫も、驚いて足元を見た。
 ママの言う通り、大姫にだけそこにあるはずの影がなかった。

(星力、効かなかったのかボ?)
(なんでだろ)

「ね。人と亡霊は一緒にいてはいけないのよ」

 おびえる大姫をかばうように、コメットはママに尋ねる。

「なぜですか? 大姫さん、何も悪いことなんかしてません」
「いいとか悪いとか、そういう問題ではないの」

 コメットの真っ直ぐな瞳に、ママは困った顔をする。

「その通りよ」

 不意にコメットたちの背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
 それと共に、聞き慣れない音色も。

 〜ペペン、ペン、ペン〜

 振り向けば、裏庭の大きな木の枝に佇む少女の姿があった。

「メテオさん!?」

 なぜか琵琶を携えたメテオはおもむろに目を閉じ、琵琶を奏でて歌い出す。

 ペペン、ペン。
「祇園精舎の鐘の声〜、諸行無常の響きあり〜」

 コメットたちはそんなメテオをきょとんと見ている。

「メテオさん、なんか楽しそう」
「そうかボ?」

 そんなコメットたちをよそに、メテオは一心に歌う。

「沙羅双樹の花の色〜、盛者必衰の理をあらわす〜」
 ペンペン、ペペン。

 琵琶の音が止み、メテオは目を見開く。

「はっ!」

 琵琶を背負ったメテオはひらりと宙に舞い、コメットの足元に降り立った。
 コメットは思わず、パチパチパチと拍手を送る。

「メテオさん、お上手」

 そんな褒め言葉を無視して、メテオはつかつかと歩み寄った。

「コメット、なんて事をしてくれたの」
「え?」
「そこまであなたが馬鹿だとは思わなかったわ」
「バカ!?」
「あなたはしてもいい事といけない事の区別もつかないわけ?」

 メテオは大姫を指さして言った。

「とにかく今はこの人を、早く元に戻しなさいったら戻しなさい!」

 さやかママがそんな二人をとりなす。

「まあまあ、メテオさん」
「とにかく、このまま放ってはおけないのよ」
「それはそうね。でもそれはメテオさん、あなたもよ」
「…それってどういう事?」

 ママは静かに言った。

「私、こう見えて霊力が強いの。だから見えちゃうのよ… メテオさん、あなたの背後についている何者かが」

 言われてコメットも大姫も、メテオを見た。
 メテオの肩のあたりからゆらゆらと人影が見える。

「お父様!?」
「いかにも」

 人影が声を発した。

「ちょっとあなた、なに勝手に人の肩に乗っかってるわけ? わたくしは協力すると言っただけで…」
「娘よ、しばし身体を借りるぞ」
「ギャ〜ッ、何するのったら何する… ふぅ〜」

 男の霊がメテオの身体に吸い込まれるように消えていく。
 メテオは、いやメテオの姿を借りた男はコメットをにらんで言った。

「娘をたぶらかしたのは、そのほうか」
「え、たぶらかす?」
「お父様、その方のせいではないわ」
「問答無用」

 メテオは後づさりする大姫の手を掴む。

「待ってください」

 そう言って思わずバトンを取り出そうとするコメット。
 それより一瞬早く、さやかママの手がメテオの腕をしっかと掴んだ。

「およしなさい、頼朝さん」

 メテオはニヤリと笑った。

「ほう、わが正体を知ったうえで、なお意見するとはな」
「誰であろうと、そんなやり方は正しいとは思えません」

 きっぱりとママは言った。

「娘さんはいずれお返します。しばらく待ってもらえませんか」
「ならぬと言ったら」
「…仕方ありません」

 ママはすばやくコメットの方を振り向いた。

「コメットさん、ちょっと向こう向いてて」
「あ、はい」
「で、耳も塞いでてくれたら嬉しいな」
「こうですね」

 素直なコメットに安堵して、ママは改めてメテオの姿を借りた頼朝と対峙した。

「できれば使いたくなかったけど」

 ママはどこに持っていたのか、やにわにピンク色のステッキを取り出した。

「そ、そなたも妖しげな術を!?」

 ママはそんなメテオの言葉に耳を貸す事なく呪文を唱える。

「ペルッコラブリン」

 そしてママはやたらカラフルなステッキをひと振りした。

「クルクルリンクル!」
「う、うわあ〜っ!!」

 メテオの身体から白い霊気が抜け出し弱々しく天に昇っていった。
 さやかママは額の汗を拭いた。

「よしっ、まだまだ現役」

 そんなママを、大姫はあっけにとられて見ている。

「あ、今のはコメットさんにはナイショね。あははは」

 そう、コメットは言われた通り目を閉じ耳を塞いでいた。

(ふう。コメットさんが素直な子で助かったわ)

「コメットさん、もういいわよ」

 ママにポンっと肩を叩かれ、コメットは目を開く。

「もう大丈夫」

 何か言おうとする大姫に、ママは「シ〜ッ」と唇に指をあてる。

「あれ、さっきの亡霊さんは?」
「帰ってくれたわよ」

 コメットは地面に伏せったメテオに気づいた。

「メテオさん!」
「大丈夫、気を失ってるだけだから」

 メテオを抱き抱えるコメットににっこり頷く顔は、いつもの優しいママだった。

「コメットさん。メテオさんの事、見てあげてくれる?」
「はい」
「ところで、大姫さん」

 ママは大姫に優しく言った。

「ちょっと、いいかしら」


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