「三人の姫さま」
(5)


 家の中とも思えない明るい部屋。柔らかで心地よい椅子。
 見慣れぬ藤吉家のリビングにくつろぐ大姫は、物珍しそうにあたりを見回している。

「これ、お口に合うかわからないけど」

 キッチンからさやかママが、甘い香りをのせたお盆を持って現れる。
 大姫は見たこともない品々に目をみはり、おずおずとティーカップに口をつける。

「この綺麗な色をしたのも、食べ物なんですか?」
「『マカロン』よ」

 ひと口ほおばって、大姫は目を丸くした。

「こんな美味しいもの、初めてです」
「よかった」
「妹にも食べさせてあげたかったな」
「よかったら持って帰ってね。そうそう、義高さんの分も」

 たちまち大姫の頬が真っ赤に染まる。

「なんでそれを?」
「知ってるわよ〜」

 ママはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべる。

「あなたのお父さま、お母さま、それにあなたも、義高さんも。この町じゃみんな有名人だもの」
「そうなんですか」
「本当はドキドキしてるのよ。本の中でしか読んだ事のない人に、今こうしてお話しできるんだもの」
「なんだか、少し恥ずかしいです」
「でもよかった。大姫さんが私の思ってたとおり素敵な人で」

 けれど大姫は、少し俯いて言った。

「私の事をご存じなら… 私が父の事をどう思っているかも、ご存じなんですよね」

 陰りを含んだ大姫の言葉に、さやかママはため息をつく。

「そうね… 分かってるつもりよ。あなたの気持ちも、そしてお父さんのお気持ちも」

 だから仲直りしてほしい、などとママは軽々しく言うつもりはなかった。
 二人の間の、悲しい事実を知っているから。

「そういえば、義高さんはどうしてるの?」

 大姫は少し困った顔で言った。

「上で元気に… あ、元気って言い方は変ですけど、普通にしてます」
「私はてっきり、あなたと義高さんはずっと一緒にいるんだと思ってた」

 ママも自分でいれたティーカップに口をつける。

「こんな事を聞くのは、大姫さんがこうして下界に、それも一人で下りてきたのが不思議に思えて… 私の勝手な想像だけど、あなたがこの世に未練があるとは思えなかったの」
「この世に未練がない… そんな人、本当にいるでしょうか」

 大姫はママをみつめて言った。

「私の心残り…」

 そこまで言って、大姫は言いよどんだ。

「さやかさん。私の事をご存じなら… ひょっとしてその人の事も…」
「その人?」

 身を乗り出すようにして大姫は尋ねた。

「『静』という女の人のこと、ご存じありませんか?」
「え?」
「私、会いたいんです。静さんに」




 ウッドデッキに腰掛け、気を失ったメテオのほつれた髪を撫でながら、コメットは彼女の顔をのぞき込んでいた。

「メテオさん…」

 わたし、またメテオさんの事困らせちゃった。
 でも。大姫さんのこと守ろうとしたの、悪い事じゃないよね。
 だって大姫さんの笑顔、とても素敵だから。だからもっと喜ばせてあげたいの。
 ママと大姫は随分長い間話し込んでいる。
 コメットが窓越しにリビングの様子を伺っていると、

「コメットさまぁ! 」

 慌てふためいたムークが飛び込んで来た。

「コメットさま!  我が姫さまの、メテオさまの行方をご存じありませんか!?」

 コメットは「し〜っ」と唇をおさえ、膝枕しているメテオを指さした。

「うぉおぉ、姫さまぁ!」

 ムークは傍らに寄り添い、メテオの顔を覗き込み涙をこぼさんばかり。

「コメットさま、我が姫さまの身に何が」
「いろいろあったんだけど… 大丈夫。今は寝てるだけ」

 そこに水をたたえたコップを手にしたラバボーも駆けつける。

「姫さま、お水だボ」
「ありがと、ラバボー」
「おお、ボーよかたじけない」

 言うが早いかムークはコップを鷲掴みにしてゴッキュゴッキュと飲み干した。

「そ、それはメテオさんに持ってきた…」
「いいんだよ。ラバボー、悪いけど…」
「わかったボ。もう一杯汲んで来るボ」

 すっ飛んでいくラバボーに目で感謝するコメット。
 そんなコメットに、まだ息の荒いムークが尋ねる。

「そういえば… 我が姫さまと共に、怪しげな男がおりませんでしたか」
「ああ、うん。確か、『よりともさん』って人」
「なんと!? あれは、かの源頼朝の亡霊だったのですか?」
「知ってるの、ムークさん」
「知るも知らぬも。はい、この町でその名を知らぬ者はおりません。不詳このムークめ、常々この星の歴史についていろいろと調査を続けておりましたが…」
「なんか、長い話になりそう」

 コメットの心配をよそにムークはとうとうと語り始めた。

「遠い昔、この辺り一帯は『ショーグン』と呼ばれる王が支配していたのです。ショーグンとは武士すなわち兵士をまとめる司令官の事」
「それが頼朝さん? バッタビトの隊長さんみたいな人かな」
「さよう… ただしその力はずっと強大にして、かつてはこの国の武士たちを束ね、武家社会の頂点に立っていたのです。はい」

 『頂点に立つ』というムークの言葉に、メテオがピクッと反応した。

「おお、姫さま! 」

 メテオがうっすらと目を開ける。

「メテオさん、気がついた?」
「コ、コメット!?」

 メテオはコメットの手を払いのけて言った。

「な、なんでわたくしがあなたに介抱されなきゃいけないわけ?」

 立ち上がったメテオは地団駄ふんで悔しがる。

「姫さま〜、お水持ってきたボー… って、メテオさん気がついたのかボ」
「うん。メテオさんすっかり元気みたい。よかった」
「よかった、ですって?」

 苦虫をかみつぶしたような顔でメテオはコメットたちをにらむ。

「よくない、よくない、全然よくな〜い!」

 メテオは思い出すのも腹立たしげにそう言って、ラバボーの持ってきたコップを乱暴に取り上げゴッキュゴッキュと飲み干した。

「あの男、わたくしの身体を勝手に乗っ取って… 許せないわったら許せないわ。それもこれも元はといえばコメット、あなたのせいよ」
「姫さま、それはちと言い過ぎでは。コメットさまは姫さまを思って…」
「ムーク、お前もお前よ。大事な時にどこ行ってたのよ! 」
「どこって、姫さまのお言いつけでTV録画のため戻っていたのですが」
「言い訳なんか聞きたくないのよ」

 いつもながらのメテオに苦笑するしかないコメットだった。

「今日は散々な目にあったわ。さ、帰るわよムーク」
「メテオさん」
「あなたたちのしてる事、認めたわけじゃないわ。どうせ言ってもきかないでしょうから好きになさいって事よ」

 そしてメテオはコメットを指さして言った。

「だからこれ以上騒ぎを大きくしないで。でないと、その時こそ黙ってないわったら黙ってないわ」

 口を開きかけたコメットに背を向け、メテオはムークに乗って去って行った。

(メテオさん…)

 ありがとう、とも、ごめんなさい、とも言えなくて。
 コメットはメテオの後ろ姿を黙って見送るしかなかった。




 リビングの大姫は、かつての静を思い起こして言った。

「義高さまを失ってふさぎ込んでいた私を、静さんは慰めてくれました。あの方は、私の気持ちを分かってくれた…」

 さやかママはそんな大姫の話に黙って頷く。

「その静さんが、いつまで待っても上の世界にこられないんです… 何があったのか、会ってお話ししたい。困っているなら力になってあげたいんです」

 大姫の言葉に頷き、ママはひとつひとつ言葉を選ぶように話す。

「私は… 本当はよくないと思うの。こうしてあなたのような人と私のような地上の人が関わりを持つのは」

 大姫はママの言葉を祈るような思いで聞いた。

「でも、こうして話を聞いてしまったら… もう『やめなさい』とは言えないわね」
「さやかさん!」
「静さんを見つけられるとは限らないけど… それであなたの気が済むのなら」
「はい」
「でも大姫さん。ひとつだけ、約束して」

 大姫はママを見つめた。

「コメットさんを、傷つけないで」

 ママはむしろ哀願するような口調で言った。

「あなたや義高さんや静さんの身に起きた悲しい出来事… それを聞いたら、あの子はきっと傷ついてしまうから」

 ママの言葉に、大姫はこらえるように目を閉じた。

「あの子は、コメットさんは、あんなふうに純粋で優しくて繊細だから… 傷つけたくないの。そんなあの子の心を」

 大姫はそっと頷いた。

「そうね… できるならずっと、そんな気持ちを知らずに済めばいいのに…」

 大姫はひとりごとのようにつぶやいた。




 大姫の願いを聞いたコメットは、もちろんふたつ返事で引き受けた。

「じゃあ、あの時も… 大姫さんは静さんを探してたんだ」

 八幡宮の舞殿で初めて大姫を見た時に、彼女が寂しげにつぶやいた『これではない』という言葉を、コメットは思い出していた。

「ええ。これまでも静さんのいそうな所は行ってみたのだけど…」
「まったく、雲をつかむような話ね」

 ママはそう言って、パソコンのプリントアウトをテーブルに広げた。

「さっき簡単に調べた資料、渡しておくわね。あてになるかは分からないけど」

 印刷された日本地図には至る所に印がついている。

「その印のところに、静さんの言い伝えが残っているんだって」

「わあ、すごい数」
「とりあえず… 近い場所から探してみたらどうかしら」

 紙の裏には近隣の地図が載っていた。

「それと、これは魔除けの御札。さっきみたいにお父さんが押しかけてきても大丈夫。大姫さんみたいに実体化してたら効かないけどね」
「ありがとうございます」
「じゃあコメットさん。大姫さんをお願いね」
「はい」

 ママが作ってくれたサンドイッチと紅茶を入れた水筒を、コメットは愛用のボディバックに詰める。

「無茶はしないでね。何かあったらすぐ電話よ」

 そう言いながら、ママは自問自答していた。
 これじゃ保護者失格ね… でも、これで大姫さんの気がすむのなら。
 そう思う一方、ママはどこかで期待していた。
 コメットさんなら、本当に静さんを見つけてくれるんじゃないかって。


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