「三人の姫さま」
(6)


 コメットと大姫は連れ立って藤吉家を出た。
 手を振るさやかママの姿も見えなくなった頃。

「ラバボー、もういいよ」

 コメットはティンクルスターに声をかけ、ラバボーが姿を現す。

「姫さま、姫さま」
「はい」
「なあに」

 二人の姫様が返事を返しては顔を見合わせて笑う。

「じゃあ姫さまと姫さま。探すっていってもどこから捜すんだボ」
「うん。それならいい考えがあるの」

 コメットは妙に自信たっぷりに答える。

「いい考え?」
「うん。やってみないとわからないけど。でも、その前に…」

 コメットは人指し指を掲げて言った。

「まず、大姫さんの影を作っちゃおう!」
「でも、星力じゃうまくいかないみたいだボ」
「うん。それも考えてたの。大姫さんの影を作る方法」

 大姫とラバボーはコメットの顔を覗き込む。

「カゲビトさんに来てもらうの」
「カゲビトさん?」
「うん、星国の妖精さん… あれ、カゲビトさんも妖精さんなのかな」
「星ビトさんだボ。まあ、どっちでも同じだボ」
「でもカゲビトさん、星国に帰っちゃってるかもしれないけど…」
「いえ、カゲビトならここに」

 その言葉と共にカゲビトが、漆黒の姿をヌッと現した。

「わっ、早い」

 ラバボーは慌てて大姫の胸に飛び込んだ。

「カゲビトさんが現れると、ボーはいつも心臓がドキドキするボ」
「ラバボーはカゲビトさんの事、気づかないもんね」
「それがカゲビトというものであります」
「カゲビトさん、まだ星国に帰ってなかったんだ」
「どこまでも姫さまにつかず離れずつき従う所存です」
「なんかややこしい関係だボ」

 コメットは頷いて言った。

「じゃあカゲビトさん。大姫さんの影になってあげて」

 カゲビトはうやうやしく頷いた。

「そういうのは本来わたしめの任務にないのですが… 姫さまのお力になれるのであれば喜んで」
「うん、お願い」
「では大姫さま、しばし失礼」

 カゲビトは、スッと大姫の影になりすました。

「大姫さん、動いてみて」
「こう?」

 大姫が動くと影もそれに合わせて動いた。

「カゲビトさん、上手」
「ほんと」

 コメットと大姫は手を叩いた。

「このくらいは朝飯前なのであります」
「今、ちゃんと拍手してなかったボ」
「ゆ、油断していたであります」
「しっかり頼むボ」
「ラバボー殿はなかなか手厳しい」
「じゃあカゲビトさん、お願いね。ただし」

 コメットは人指し指をピンと上げて、カゲビトに念を押した。

「大姫さんの心の中、のぞいたりしたらダメだからね」
「は。しかし…」
「ね、お願い」
「…了解であります」

 それはなかなか難しい相談だった。たとえ覗くつもりがなくてもカゲビトには見えてしまうのだから。

「よ〜し、じゃあ今から本格的に探しに行こう」
「そうだ。さっきコメットさんが言ってた『いい方法』って?」
「そうそう、何なんだボ?」
「それはねえ…」

 コメットは二人を振り向いて言った。

「まず、海に行くの」
「海?」

 その時カゲビトは、大姫の心に小さな闇が浮かぶのに気づいた。

(はて。大姫さまは海を怖がっておられる?)

 コメットに告げるべきか否か。カゲビトの苦悩をよそにコメットは、

「ここからならすぐだから」

 コメットは大姫の手を引くようにして海への道を急いだ。


 その様子をそっと物陰から見ている者がいた。
 なお大姫を連れ帰るのを諦めない頼朝の霊であった。




 自宅に戻ったメテオは、ムークのいれた紅茶を飲みながらTVを見ていた。

「…虚しいわ」
「はあ?」
「録画したTVショッピングほど虚しいものはないのよ」

 不機嫌そうなうめき声を漏らし、メテオは椅子から立ち上がる。

「だってそうでしょ? 欲しいと思って電話した時には、受け付けは締め切りなのよ」
「そりゃそうですが」
「それが分かってて、なんでお前はこんなもの録画するのよ!」
「そう言われても姫さまがそうおっしゃるので…」
「お前は本当にお馬鹿さんね」

 返事のかわりにムークは窓の外を指さした。

「姫さま、あれを」

 窓の外に顔をのぞかせているのは、頼朝の霊だった。

「なんだ。昼間から幽霊でも出たのかと思ったわ」

 ムークが出向いて窓をあけてやる。

「メテオ殿、先ほどは失礼した」
「失礼なんてもんじゃないのよ」

 メテオはろくすっぽ、頼朝の顔を見ようともしない。

「どうも娘の事となると冷静になれぬのだ… もうそなたにとりついたりはせぬ。今一度、力になってもらえぬか」
「あなた、親なんでしょ? 回りくどい事なんかしないで『帰れ』と言えば済む事じゃないの?」
「素直に親の言う事を聞く娘ではないのだ」

 困り果てた様子の頼朝に、

「…見たところ、あなたたち親子はうまくいってないようだけど」

 頬杖をつきながらメテオは言った。

「ギクシャクの理由がわからないと、協力のしようもないんじゃなくて」
「そなたの言う事、もっともだ」

 頼朝は重い口を開き始めた――




「大姫さん。静さんの声、覚えてる?」

 海に向かう路地を後ろ向きに歩きながら、コメットは大姫に尋ねる。

「もちろん。よく通る、美しく澄んだお声よ」

 それを思い出し、大姫はうっとりした表情でラバボーを抱きしめる。

「それに舞台に立って舞う時のお姿ときたら… なにしろ『都で随一の白拍子』と言われた方だもの」
「しらびょうし?」
「コメットさんもラバボーも、八幡様の境内で見たでしょう」
「静さんの踊りか… わたしも見てみたいなあ」
「義高さまにも、見せてあげたい…」

 コメットは興味津々に尋ねる。

「ねえ。義高さんって、どんな人?」
「私の、許嫁よ」

 顔を見られるのが恥ずかしくてか、大姫は横を向いて言った。

「あの時、義高さまは数えで十一、私はまだ六つ… お顔も見ないうちから、結婚相手と決められていたの」
「なんか、どこかで聞いたような話だボ」
「ほんと。どこの国でもどの星でも、やる事は同じなのね」

 むくれるコメットに大姫は驚く。

「じゃあ、コメットさんも!? お相手はどんな人?」
「お相手とか、そんなのじゃないから! わたし、まだ結婚とか考えてないし」

 今度はコメットが顔をそむけ、足を早める。

「見ての通り、困った姫さまだボ。基本的にお子ちゃまなんだボ」
「ラバボー、何してるの。日が暮れちゃうよ」
「ほらきた」
「ふふふ…」




 踏み切りを渡ると、潮気をたっぷり含んだ海風が出迎えた。
 路地を抜け、視界に海が広がる。
 幹線道路の信号を渡ると、そこはもう浜辺。
 コメットは波打ち際までダッシュして大きく背伸びをする。

「う〜ん。やっぱり海はいいね」

 今日も変わらず、とんびたちは風に乗って町の様子を伺っている。
 コメットもキョロキョロとあたりを伺い、なにやら探し物。

「あった、これこれ」

 砂に半ば埋まっていた巻き貝を拾い上げ、コメットは満足そうに頷く。

「大姫さ〜ん」

 気がつくと大姫は浜の入り口で、放置された漁船の傍らに立ち尽くしていた。
 ポツンと佇む大姫の姿はどこか寂しげで、怯えているようにもみえた。

「どうしたの?」

 駆け寄って声をかけると、大姫は小さく首を振る。

「ううん… なんでも」

 大姫に抱かれるラバボーも心配そう。

「大姫さんの胸、ドキドキしてるボ。きっと疲れたんだボ」
「大姫さん、地上に戻ったの久しぶりだから… ちょっと休憩しよっか」

 漁船の腹に寄り掛かり、二人は並んで座った。
 おだやかな風に髪をなびかせて、大姫はきらめく波を見つめていた。

「のどかな海ね…」

 サーファーたちが波に乗り、親子連れが波打ち際を散策し談笑する様を眺めながら、大姫はつぶやいた。

「潮の香りも波の音も… 長いこと忘れてた」
「海は好き?」

 水平線をうつろな瞳で眺めながら大姫は小さく答えた。

「大好きだった。子供の頃は…」
「今は?」

 大姫は俯いて答えない。
 大姫さん、海が嫌いなのかな?
 ひょっとして… 大事な人を海で失ってしまったのかな。ケースケみたいに。
 黙りこくった大姫に代わって、大姫の影を演じていたカゲビトが口を開いた。

「大姫さまは… 心に闇を抱えておられます」
「カゲビトさん」

 驚く大姫に、とがめるコメットに、カゲビトは淡々と言葉を続けた。

「カゲビトめは見てしまいました。お叱りはごもっとも… ですが、ずっと重荷を背負ってこられた大姫さまを黙って見てはおれません」

 大姫が、重い口を開いた。

「…言いたくなかったの。コメットさんには」

 膝を抱えてうつむいた彼女の口許だけが動く。

「言えば、傷つけてしまうから…」


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