「三人の姫さま」
(9)


 ラバボーに乗ったコメットがお寺の上空まで戻ってみると、建物も中庭も、いつの間にか見違えるほどに綺麗になっていた。

「ひょっとして、これも星力でなっちゃったのかボ?」
「そうみたい… あれ?」

 本堂の裏手にちらりと人影がかいま見えた。それを気にしつつも、コメットは大姫たちの待つ境内に着地した。

「コメットさん」
「これは一体…」

 出迎えた大姫に、寺の変わりように驚く義経たちに、コメットは尋ねる。

「静さんは?」

 誰もが黙って首を振るばかり。

「さっき、そこに人がいたんだけど」
「えっ」
「ちょっと、話聞いてくるね」

 コメットが駆けていくと、そこにいたのはみすぼらしいなりの老女だった。

「どなたでございますか?」

 驚く老女に、コメットはお辞儀をして尋ねる。

「わたしたち、静さんという女の人を捜してるんです。ご存じないですか」

 遅れてやってくる義経たちに気づき、そそくさと隠れようとする老女。
 その老女を一目見て、義経は声をあげた。

「静」

 一同は驚いて、老女と義経を交互に見つめる。

「この方が!?」
「静さん?」
「…人違いでございます」

 そう言って立ち去ろうとする老女の手を、義経は握り留めた。

「見間違える事があるものか」

 老女を見つめる義経の眼差しは優しかった。

「静。先ほど私を思って歌ってくれたあの歌… あれは偽りか?」
「いいえ、九郎さま」

 老女は、いや静は小さく首を振る。

「あの歌に、嘘偽りはございません」

 そう言って静は、老いた身を恥じるように顔を隠す。
 大姫が、そんな静に手を差し伸べた。

「静さん、お会いしたかった…」

 静は深々と頭を下げた。

「大姫さま、ひと目見て分かりました。お隣りの殿方は義高さまでございますね」
「なんで上に来られなかったの? ずっとずっと、お待ちしていたのに」
「私には、皆様に会わせる顔がありません」

 静は一同の前に立ち、許しを乞うように言った。

「九郎さまが討たれた後も生き長らえ、醜く老いさらばえて… どうして今さら九郎さまに顔を会わせられましょう…」
「それで… ずっとこの御寺に?」
「私はただの老婆です。九郎さまの思ってくれた静はもうおりませぬ」

 静の耐えてきた時を思い、義経の胸は痛んだ。

「もっと早く訪ねるべきであった… だが、これからはずっと一緒だ」

 静はまじまじと、義経を見つめた。

「よいな、静」

 そう言って義経は微笑む。いつも静に見せていたように。

「九郎さま…」
「おかえり」

 義経はそっと静を抱きしめた。




 コメットと大姫と義高は、門をくぐって寺の外に出た。

「よかったね」
「ああ、天上には俺たちみたいに年の離れた夫婦なんかいくらでもいるからな。うまくやっていけるさ」
「ええ」

 目の前の木々の緑のように、みんなの気持ちは清々しかった。

「ありがとう、コメットさん。あなたには、どれだけ感謝したらいいか」
「ううん。だってわたしたち、友達でしょ」

 コメットには、その大姫の笑顔だけでじゅうぶんだった。

「それでも、ありがと」
「どういたしまして」

 コメットはなんだか照れくさくて、山道の脇の見晴台に立ち景色を眺めた。
 そこからの眺めは格別だった。仰ぎ見る空も、その下にキラキラと光る海も、そして山と海に囲まれた町並みも。

「ここは夢のようなところね」

 大姫も景色を眺め、目を細めた。

「殺したり殺されたり、そんな事をしなくてもみんな仲良く生きていける… 私も、こんな時代に生まれたかったな」
「確かに、ひどい時代だったな…」

 義高も大姫の隣に立ち、共に景色を眺めた。

「けど、俺たちはやれるだけやった。敵も味方も必死になって… それがあるから、今のこの国や町がある。俺はそう思いたいな」

 大姫は義高の言葉にそっと頷いた。

「コメットさんは… この町の事、好き?」

 不意に大姫が尋ねるので、コメットは面食らいながらもコクリと頷く。

「もちろん。大好き」
「よかった」

 長い髪を風にまかせて、大姫は眼前に広がる景色を見つめてつぶやいた。

「私もよ。だって…」

 風のそよぎにかき消されるような声で、大姫はつぶやいた。

「父の作った町だもの」

 その言葉に、コメットも義高も大姫を振り向いた。
 大姫の横顔はどこまでも穏やかだった。町を包む日差しのように。




 その頃…
 連れ立って家を出たメテオと頼朝は唖然としていた。

「なにこれ、どうなってんのよ」

 街角にはちょんまげ姿の侍や警棒を手にしたいかめしい顔の警官が歩いている。
 行商人らしい格好の男が困った顔で道を尋ねてきた。

「お尋ねしますが… 江戸はどっちですかな」
「はあ?」

 ムークが道案内をしてあげるのを横目で見ながら、頼朝が困った顔でつぶやいた。

「これも、あのぴんく色の髪の娘の仕業なのか」
「他にいるわけないでしょ、こんなバカな事しでかすのは」
「しかし… 意外に、さしたる騒ぎも起きていないようだが」
「みんな、どこかで仮装大会でもやってると思ってるんでしょ」
「姫さま、今どきは『コスプレ』と言うのです」
「言い方なんかどうだっていいのよ!」

 メテオはムークをひっ掴んだ。

「ムーク、こうなったらやるわよ」
「何をですか」
「決まってるでしょ!? ありったけの星力を溜めて地上に降りてきた連中を追い返すのよ」
「はあ。しかしこれだけの数となると、途方もない星力が必要で…」
「コメットにできて、わたくしにできないとでも言うの!?」
「そうは申しておりませんが、これだけの人数を地上に留めるには相当の星力が必要。メテオさまが手を下さずとも、じきに元に戻るかと」
「そういう問題じゃないの! わたくしはコメットのしでかした事が許せないのよったら許せないのよ!」
「左様ですか」
「わかったらさっさとわたくしを乗せて飛びなさい!」

 ムークは巨大化し、メテオを乗せて行こうとする。

「わしはどうすればよいのだ」

 困り顔の頼朝が、宙に浮いたムークとメテオに声をかける。
 メテオは旅行案内のパンフを手渡して言った。

「あなたはこの町の観光でも楽しんできなさいな。さあムーク、いっけぇ!」

 メテオを乗せたムークは疾風のように去っていった。

「やれやれ…」

 頼朝は途方に暮れてあたりを見回す。
 と、一台の車が目の前を走り抜け、かと思うと素早くUターンして戻ってきた。

「頼朝さん」

 急停車した黄色いビートルのパワーウィンドウが開き、さやかママが顔を出す。

「乗って」
「乗る? この中にか」
「コメットさんから連絡が入ったの。静さんが見つかったって」
「まことか」
「大姫さんも義経さんもそこにいるわ。山の上だって」

 おっかなびっくり頼朝が車に乗り込むと、ビートルは弾かれるように飛び出した。




 空から町を見下ろしたメテオとムークは、その情景に唖然となった。

「こ、これは…」
「なんてこと」

 町のそこここに時代の異なる人々の姿が見え、そればかりか宙にふわふわと漂う人々までがいる。

「あの者たちは何なの」
「おそらく、地上に降りようか迷っているのでしょう」

 メテオは呆れ顔で言った。

「あの子ったら、どれだけ星力を無駄遣いしたら済むのよ。今度ばかりは絶対許せないんだから!」

 ムークは急ぎ、星空の見える上空に昇った。
 メテオはいそいそとバトンを掲げて叫ぶ。

「星の子たち、力を貸しなさいったら貸しなさい」

 星たちは申し訳程度にメテオに力を与えた。

「は!? たったこれだけ?」
「どうやらコメットさまは洗いざらい星力を持っていかれたようですな」
「カスタネット星国のホシビトまで、あの子に力を貸したというの?」
「どうやらそのようで」

 メテオの身体にむらむらと怒りのオーラが沸き上がる。

「ムーク… わたくしとコメット、正しい事をしようとしているのはどっち?」
「メテオさまです」
「なんで、あの子のためにわたくしの星力が足りなくなるわけ!?」
「お怒りはごもっとも」
「生きる者は地上、死んだら天上。それが崩れたら世の中めちゃくちゃじゃないの。姫ならば、人の上に立つ者ならば、その秩序を守るのは当然でしょ。ムーク、わたくし、何か間違った事言ってる?」
「何から何まで、まったく姫さまのおっしゃる通りです。はい」
「それがコメットにはわからないの。だからあの子が許せないのよ!」

 メテオはムークに命じた。

「ムーク。お前はコメットを探して来なさい」
「姫さまは?」
「ここから人々を天上に戻すわ」
「しかしそれだけの星力では」
「行って、あの子を連れてきなさい。首に縄をひっかけてでも。あの子の星力も使って、なんとしても元通りにするのよ」
「わかりました。では姫さま、くれぐれもお気をつけて」

 ムークを見届けると、メテオは目を閉じ、残り少ない星力に力を込めた。

「いくわよ」

 メテオは高々と緑に輝くバトンを掲げる。

「消えなさい、シュテルン★」

 メテオのバトンから緑の星力が、地上めがけて放たれる。

「影がない者たちがそうなのね。そ〜れそれそれ!」

 メテオの放つ緑の光におびえ、逃げまどう人々が見える。

(これじゃまるでわたくしが悪人みたいじゃないの。わたくしはコメットの尻拭いをしているだけなのに)

 宙にさまよう人たちも遠巻きにメテオを見ている。

「あなたたちも、そのまま天上にお帰りなさい。ここはあなたたちの来るところじゃないのよ」

 しかし人々は顔を見合せ、メテオの言葉を黙殺する。
 それに見たところ、地上に放ったメテオの星力も全然効いてない。

「どうしたの、星の子たち。わたくしの言うことが聞けないの?」

 …それとも、星使いとしてこのわたくしがあの子に劣るとでもいうの?
 認めないわ。そんな事、絶対に。
 けれど星力は切れ、バトンは輝きを失いただの棒きれと化した。
 メテオは輝きの消えたバトンの先を見つめてうなだれた。
 重力が本来の働きを思い出し、メテオを地上に呼び戻す。

「ムーク」

 けだるい声でメテオは侍従長を呼ぶ。

「なにしてるのムーク。早く来なさい」

 ムークの来る気配はない。
 無駄だと思いつつ、自分を遠巻きに見ている亡者たちにメテオはわめく。

「ほら、そこで見てるあんたたち。さっさとわたくしを助けなさい。でないとわたくしは…」

 そして不意に、メテオは気づいた。
 あの者たちが自分を助けるはずがない。
 放っておけば自分もあの者たちの仲間になるのだから。

(そう、そうなの……)

 一秒毎に近づく地上の景色がとても鮮明で美しく見える。

(わたくし… ひょっとして、死ぬのね)

 なぜだかそれを怖いとは思わなかった。
 なのに涙が出てくるのは何故だろう。
 不意に、幸治郎と留子の顔が浮かんだ。

(ごめんなさい。お父さま、お母さま…)

 バトンを腕に抱いたまま半ば気を失い、メテオの身体は地上に急降下していった。




 山から見下ろすコメットたちには、ビートルが細い山道を駆け上がってくるのが手に取るように見えた。

「ママ!」

 さやかママが降りてきてコメットたちに手を振った。

「コメットさん、大姫さん。やったわね」

 笑顔のママに続き、ほうほうの体で降りてきた頼朝が腰に手をあてる。

「やれやれ。暴れ馬より恐ろしい目にあったわい…」

 その頼朝に続いて降りてきたのは、

「あら、とっても楽しかったですわよ」

 年老いた尼の姿。

「お父さま… お母さま!?」

 大姫の母、政子は大姫を見上げて言った。

「何やら地上が騒がしいので様子を見にきたのです。静殿が見つかったんですって?」

 その言葉に義経と弁慶が顔を出し、続いて静も姿を見せて深々と頭を下げる。
 静の老いた姿に驚きつつ、頼朝も政子も目で礼をする。

「さやかさん」

 大姫が真っ先に駐車場に駆け下り、両親にではなく真っ先にママに駆け寄った。

「ごめんなさい。私…」
「コメットさんに、言っちゃったの?」

 うなだれる大姫にママは首を振り、黙って大姫の肩に手をのせる。

「あなたには、余計な心配かけちゃったみたい…」

 元気そうに手を振るコメットを見上げてママは言った。

「コメットさんって、きっと私が思ってたよりずっと強い子なのね」

 ママの言葉に、大姫は笑顔をみせた。
 そして一同は駐車場に集まり、誰彼となく笑顔を交わした。
 そんな中、一番遅れて下りてきたコメットが、

「あの、頼朝さん」

 いつになく厳しい表情で頼朝を見据えた。

「わたし、頼朝さんに言いたいことがあるんです」

 みんながコメットを振り向いた。
 頼朝はコメットを見つめ、言葉を待った。
 その頼朝に大姫がつかつかと寄り添い、無言でその手を握った。
 頼朝が驚き、娘を見つめる。
 父を見上げる大姫の表情は、かすかに笑ってみえた。
 そんな二人に皆が微笑む。義経も静も弁慶も、義高も政子もさやかママも。
 コメットはそんなみんなの反応にきょとんとしている。

(…なんでだろ。誰も頼朝さんの事、怒ってないみたい)
(だボ)

 みんな、頼朝さんにひどい目にあってるはずなのに。

(世の中には、時間をかけないとわからない事があるということでしょう)

 カゲビトがそっとコメットにささやいた。

(大姫さまはずっと悩んでこられたのです、それこそ何百年も。そんな悩みを、我々がすぐに理解できると思うのが間違っているのかもしれません)
(うん… そうかな)

「ぴんくの髪の娘よ」

 頼朝がコメットを見つめて言った。

「わしも、そなたに言いたいことがある」

 コメットはちょっと緊張して、頼朝の言葉を待った。

「ありがとう」

 大姫と手を握る頼朝が微笑む。
 皆も頼朝を囲むように集まり、コメットに感謝の笑みを浮かべた。

「亡者の身とてたいした事もできんが… 褒美をつかわせたい。何が望みかな?」

 コメットは両手を振って苦笑いする。

「わたしは大姫さんの笑顔が見たかっただけだから… そうだ」

 コメットは名案を思いついた。

「じゃあ、さやかママのお店に置く素敵なもの、考えてくれますか」
「え、私のお店?」

 どぎまぎするママに、鎌倉の要人は次々と感謝の品を捧げた。

「ならば、拙者はこの七つ道具を進呈いたそう」
「私はこれを。壇の浦の海底で手に入れた宝剣です」
「そなたに征夷大将軍の位を譲ろう」
「いらないいらない、そんなのいらない〜」

 全力で拒否するさやかママに苦笑するコメットだった。
 と、そこへ、

「コメットさまぁ!」
「ムークさん!?」

 駆けつけたムークはコメットの腕をひっつかんで言った。

「ムークとおいで下さい。我が姫さまが、姫さまが!」
「メテオさんが!?」




 メテオが意識を取り戻すと、そこはまだ雲の上だった。

(わたくし… まだ生きてるの?)

 とうに星力は切れてるのに。
 手でまさぐっても、足元にムークの感触はない。
 代わりに、白くて細い腕がメテオの身体を抱き抱えていた。

(コメット…)

 ホッとすると同時に怒りが戻ってきた。

「コメット、こんな事してくれても許さないわよ。元はといえばあなたが…」

 そう言って顔を上げたメテオは、言葉を失った。
 そこにいたのは、自分によく似た顔だちの少女だった。

「みさこ… さん」

 天使のような微笑みで、彼女はメテオをみつめていた。
 けれどせっかくの笑顔も、涙でにじんでぼやけてしまう。
 言いたい事がたくさんあるのに、なにひとつ声にならない。
 言葉のかわりに、メテオは彼女の胸に顔をうずめた。姉に甘える妹のように。
 彼女の指がメテオの髪を撫でていき、そして彼女はそっとメテオの頬に頬を寄せた。
 緑の髪に、亜麻色の髪が交錯してゆく。
 あたたかな、ほのかに甘い香りに触れて、メテオは心からの安らぎに包まれていた。




「メテオさ〜ん」
「姫さまぁ」

 気がつくとメテオは、林の中の老木に寄り掛かるように横たわっていた。

「メテオさん!」

 コメットが駆け寄り、ムークが飛んできた。

「姫さま、ご無事で!?」

 メテオがうつろな瞳であたりを見回しても、もう彼女の姿はどこにもなかった。

「よかった」

 遅れて駆けつけた大姫たちも、メテオの姿に安堵した。

「コメットさん、メテオさん」

 大姫たちは感謝の気持ちを伝えた。

「本当にありがとう。いろいろお世話になりました」
「二人とも、随分世話になった」
「これで心おきなく、天上に戻れますわ」

 政子の言葉に、大姫は両親の顔を見上げる。
 二人は頷き、目で大姫を促した。
 大姫は一抹の寂しげな表情を浮かべて言った。

「コメットさん。じゃあ私たちは、そろそろ…」

 そう言ってコメットに目で合図する。

「うん…」

 コメットは頷き、気の乗らない様子でバトンを取り出した。

「待ちなさい」

 木に寄り掛かり腕組みしたメテオがつっけんどんに言う。

「コメット、あなたも気が利かないわね。いずれ星力はなくなるのだから、それまでみんなをそのままにしてあげたらどうなの?」
「メテオさん!」

 大姫をはじめ、一同の顔に笑顔が浮かぶ。
 コメットは、大姫たちを振り向いて言った。

「ねえ。わたし、静さんの踊りを見てみたいな」
「私も」

 一同は笑顔で頷き、静を見る。

「老いた朽木のこの身なれど… 心の花の未だあれば、一差し舞ってみせましょう」
「では、私が笛を」
「拙者、僣越ながら銅拍子を」
「では、鼓はわしが」

 頼朝の言葉に驚く静は口に手を当て、そしてうやうやしく頷いた。




 廃寺の渡り廊下を舞台に、人々は舞に興じた。
 傍らで笛を吹く人を一心に思い、扇を掲げた静が一歩をふみしめる。
 響いてくる鼓の音に、積年の恨みもいつしか消えて。
 今は囃子の音に導かれ、老女の身も、もはや亡き身であることも忘れてただ踊る。

「静さん、輝いてるボ」
「うん」

 その傍らで大姫は義高の肩に手をかけ、老いた母の手を取って、長年の夢だった舞を堪能していた。
 そんな人々を、不意に緑の光が包む。

(…あれは、メテオさんの?)

 光が消えると、大姫は幼い少女の姿に戻っていた。
 義高がそんな大姫の肩を抱き、兄妹のように笑顔を交わす。
 傍らの政子も若返った姿で、幼い日の大姫を母の眼差しで見つめる。
 舞台の上の静も若き白拍子に姿を変え、円熟の業もそのままに至芸をみせる。


 コメットは、少し離れて観劇するメテオに歩み寄った。

「メテオさん」

 後ろ手に、そっとメテオの手を握る。
 珍しく嫌がりもせず、メテオは黙ってその手を握り返す。

「わたし、思ったんだけど… いつかメテオさんとふたりで、星国の未来のこと一緒に頑張ったら、今よりもっと素敵な星国ができるんじゃないかなって」
「何を言ってるのかしらったら言ってるのかしら」

 メテオは涼しい顔で言い返す。

「トライアングル星雲の頂点に立つのはただ一人、このわたくしなのよったらわたくしなの。ま、あなたがわたくしの部下になるというなら、考えてあげなくもなくってよ」
「う〜ん… それでもいいかな」
「よくない! あなたはわたくしのライバル、一国の王女なのよ! そんなふぬけた考えでどうするの。ほらなんとか言いなさいったら言いなさい!」
「は〜ん、ヘヘオはん。ほっへたひっはらないへぇ」
「む、姫さまに何するボ」
「星国間の平和と秩序がぁ」

 そんなコメットたちに、幼い大姫が笑いかけながら「し〜っ」と指をあてる。
 コメットはにっこり頷き、また舞台に見入る。
 そしてメテオは片手でコメットのほっぺたをつまんだまま、空を見上げた。
 ほんのひととき会えた、その人を思って。
 夕暮れの古都の空に、澄んだ鼓の音が溶けていった。

(おしまい)


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